Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story2〜

High School

出張の帰りにふと思い立って山口県の津和野に立ち寄ってみた。津和野の駅に降り立った僕はとりあえず駅前を見回した。タクシーが二台いるほかは人っ子一人いない。春の観光シーズンが始まる直前、二月の津和野 が閑散としているのは当然か?実はなぜ津和野に来る気持ちになったのか、僕にも分からない。出張先で突然津和野の地名がひらめいて頭の中から離れなくなってしまっただけだ。
特に観光するあてがあるわけでもない私はブラブラと線路沿いを歩き出した。小京都と言われる津和野の街並みは古い建造物や旅館が立ち並んでいるが、徒歩でもあっという間に一周出来てしまうほどの街だ。とりあえず列車の窓から見えた太鼓谷稲荷神社を目指していた僕は、街外れの殿町通りで妙に懐かしい感覚が蘇ってきた。そしてその 懐かしさの答えはすぐに見つかった。
僕が津和野に来たのは二度目。前回は二十五年前。高校の修学旅行の時だった。殿町通りの外れに津和野大橋に差し掛かったとき、僕の心は二十五年前にタイムスリップしていた。

関東の高校生の修学旅行というと奈良・京都が定番だ。ところが僕たちの世代から広島の原爆ドームを見に行くのが必須になってしまったのだ。その結果、僕たちの学校では広島・秋吉台・萩・津和野が修学旅行のコースに決まった。
京都ならばグループ行動で市営バス、奈良ならば観光バスで集団行動というのが通例なのだが、萩や津和野は街が小さいので5人ぐらいのグループを組んでレンタサイクルで観光をすることになった。グループは自由に編成するのだが、男子三名と女子二名という決まりがあった。僕のグループはいつも一緒に遊んでいた男女五名 。クラスの中でも特に仲良しだった僕たちのグループがこの五名で編成されたのは必然とも言えた。そしてその中に・・・僕の密かに憧れている女の子がいた。しかし彼女はクラスの中で最も頭がよく、最も美人で、全男子生徒の憧れと言っても良い存在だった。さらに僕たちのグループのほかの男子二名も彼女に気があるのは分かっていた。だから僕は抜け駆けを密かに企んでいた。
津和野の街でレンタサイクルにまたがり、各グループがそれぞれの目的地に散って行った後、僕たちも出発した。
「できるだけ遠くの名所を見に行こう」
と提案したのは僕だった。津和野の街は小さすぎる。だからみんなの目に触れないような場所まで行ってしまい、そこで何とか彼女と二人きりの時間を作って告白しようと考えていたのだ。だから自転車を置いて登らなければならない津和野城跡を第一目的地にした。ところが・・・事は簡単に運ばなかった。
五人で殿町通りを走っているときにアクシデントは起きた。友人の一人と僕が並んで走りながら話しているときに、よそ見運転していた僕の自転車が何と堀に脱輪してしまったのだ。慌てて足をついて踏ん張ったが自転車の重みに引きずられて塀に激突してしまったのだ。しこたま足を打ちつけた僕は動けなくなってしまった。いわゆる弁慶の泣き所をぶつけてしまったのだ。
「大丈夫?」
最初に声をかけてくれたのは彼女だった。他の三人も心配そうに助け起こしてくれたが、あまりの激痛に返事が返せなかった。男子二人で僕を抱え上げてとりあえず歩道に引き出してくれたが、しばらくは動けずにいた。
「先生を呼ぼうか?」
誰からともなくそんな声が上がったので、僕は慌てて
「大丈夫だから先生は呼ばないでくれ。恥ずかしいから。」
とようやく返事した。
「でも、このまま自転車で観光は難しいし、津和野城まで登ることはできそうもないから僕を置いて四人で行って来てくれないか?僕は先に駅まで戻っているから。」
四人は顔を見合わせていたが、
「まあ、お前がそう言うならそうするよ。なんならそこの川のほとりで待っていてくれないか?僕たちは津和野城まで行ってくるから戻った時に合流しよう。お前一人だけ戻ったら、先生から何があったのか聞かれるに決まってるぞ。」
と男子の一人が提案してくれた。
「それもそうだな。じゃあ言葉に甘えてそこで待たせてもらうよ。」
僕も素直に同意した。しかし僕の中では「穴があったら入りたい」心境だった。抜け駆けを画策して実行する前にこの様とは・・・。
ほどなくして四人は出発していった。僕はただ彼女のセーラー服の後姿だけを見つめていた。
津和野大橋の袂に自転車を置いて、僕は堤防に腰をかけた。なんとなくこの場所の雰囲気は京都の嵐山に似ている。足の痛みは徐々に和らいでいたが、心の中では反省しきりだった。そして僕の後ろを何人もの同級生たちが「どうしたの?」と聞きながら通過していった。その度に理由を説明するのも億劫になっていた。そして一人になると
「不注意もいいとこだよ・・・」「計画が台無しだよ・・・」
と僕はブツブツと独り言を言っていた。その時、突然何者かが僕の横に腰かけた。
「なんの計画?」
隣に腰掛けたのは何と彼女だった。僕はちょっとビックリし、さらにちょっと慌てて顔を背けたまましどろもどろにこう答えた。
「いや、あの、自転車で津和野城に向かう計画のことだよ。」
彼女は僕の顔を覗き込んでさらに追求してきた。
「嘘。絶対に別のこと考えてたはず!顔に嘘って書いてあるもん。」
「顔に『嘘』なんて文字は書いてありませんよ〜。」
僕はいつもの調子で切り返した。彼女は吹き出しながら
「まあ、いいか。追求してもあんたは絶対に本当の事言わないからね。」
ホッとした僕は逆に彼女に尋ねた。
「津和野城に行かなかったの?」
彼女は津和野橋のほうを見ながら答えた。
「うん。だってあなたがいないんじゃ津和野の歴史とかみんなに教えてくれる人がいないじゃん。みんな勉強してこないからさ。話しててもつまんないよ。」
「そうか。俺はツアコン役だったもんな。」
「それで『あなたのこと心配だから』って抜けてきちゃった!」
彼女は屈託なくそういった。僕はなんとなく自分の企んでいたことを恥じる気になった。彼女はどこまでも純粋だった。
「実はさ、さっき言ってた計画って『抜け駆け』のことなんだよ。」
突然僕は彼女に告白した。純粋な彼女に嘘をついたままの自分がいやだったから・・・。
「この修学旅行が終わると受験勉強が始まるだろ?だからこの修学旅行の間におまえに俺の気持ちを伝えておこうと思ったんだ。それで津和野の街で抜け駆けして二人だけの時間を何とか作ろうと画策してた。それが俺の計画だったんだ 。」
彼女はふと立ち上がると思いっきり堤防を駆け下りていった。河原にたどり着くと、
「ねえ、降りておいでよ!」
と僕に向かって手を振った。さすがに足はまだ痛かったから、彼女のように駆け下りるわけには行かなかったが、僕はゆっくりと堤防を下りた。彼女の元に歩いてゆくと彼女は突然僕の手をとって橋の下へ導いた。 橋脚に寄りかかって僕を引き寄せ、彼女は僕の目を覗き込むようにこう聞いた。
「ねえ、私のこと好き?」
彼女の顔が目の前にあったけど、僕は目をそらさずにドキドキして答えた。
「好き・・・だよ。好きってどういう好きかよく分からないけど、ドキドキする好き。」
彼女は突然僕のほっぺたに軽くキスした。僕も彼女もパッチリと目を見開いたままだった。僕はおそるおそる彼女の肩に両手を置き、やがてぎゅっと抱きしめた。永遠に続くかのような抱擁の後、僕たちは今度は目をつぶってキスをした。
「卒業までの時間、一緒にいようね。」
彼女は僕に向かってウィンクして見せた。

それから卒業までの間、僕たちは仲間たちに見破られることなく付き合い続けた。しかし卒業とともにだんだん疎遠になっていった。彼女は国立大学の薬学部に進学し、僕は私立大学の工学部に進学した。お互いの視野が広がったのだ。たった一年ほどの恋人たち。高校生の恋愛とはそういうものなのかもしれない。やがてお互いに連絡を取ることもなくなり、僕たちの関係は消滅した。 そう、彼女の言うとおり『卒業までの間』一緒にいたのだ。

以後、僕は彼女のことを思い出したことはほとんどない。いつしか別の恋人と付き合い、会社に入り、毎日忙しく仕事して、結婚して、子供が生まれて・・・。どこかで日常に流される自分がいる。どこかで我慢し続ける自分がいる。
「人生で勝負したのは津和野のあの一瞬だけだったのではないか?」
僕はなんとなくそう思った。
津和野橋の袂までやってきたとき、僕は一気に堤防を駆け下りた。津和野橋の下は当時とほとんど面影が変わらなかった。彼女と初めて交わしたキスを思い出しながらふと橋脚に目が向いた。 僕はそこに二十五年前の自分たちを確かに見た。高校生の頃の自分と彼女。純粋だった僕たち。高校生の僕が今の僕をこの地に導いてくれたことを確信した。そして高校生の僕は今の僕にこう言っていた。
「お前、自分の気持ちに正直に生きたほうがいいぞ!」
 

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