Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story4〜

Daughter

娘をデートに誘ってみた。小さい頃は「パパ!」とどこにでもついて来た娘だったが、思春期を過ぎた頃からめっきりと私とは出歩かなくなった。やはり世間一般で言う「オヤジ嫌い」というやつなんだろうか?そんな娘も成人してすっかり社会人になった。社会に出たら出たで、家族との時間もほとんど一緒に過ごさなくなり、私とは最近ほとんど口も聞いていなかった。
「たまには寿司でも食いに行こうか?」
私はデートの口実として食べ物で釣ることにした。案の定、娘はあまりいい顔をしなかった。
「え〜〜っ。今日は渋谷に買い物に行こうと思ってたのに!」
「買い物はいつでも出来るだろ?ちょっと美味い寿司屋が房総にあるんだ。海の近くだからネタも新鮮だぞ。」
娘はちょっと思案していた。いつもならばにべもなく断られるはずなのだが、ちょっと様子が違った。
「お父さん、車で行くんだよね?」
「ああ、そのつもりだけど・・・」
「じゃあ、行くよ。お寿司食べに行くだけじゃなくって、ドライブもするんでしょ?」
私は昔から車が好きで、よく娘をドライブに連れて行ったものだ。
「いいよ。じゃあ、準備が出来たら出発しよう。ランチタイムには間に合うはずだ。」

房総に連れて行くのは別の理由があった。もちろん寿司は餌のようなもので、私はちょっと昔を思い出したかったのだ。自宅から房総までは約一時間。車の中では会話が続かなかった。
「お前、付き合っている奴とかいるのか?」
「やだなあ。そんなのいないって。」
「そうか・・・」
これで会話終了。実に味気ない。
「会社の仕事うまく行っているのか?」
「まあまあ。」
これでおしまい。全然「まあまあ」じゃない。
ちょっとぎこちない雰囲気の中で寿司屋に到着し、新鮮な海の幸を堪能している間も会話はぎこちない。そんな時、娘が切り出した。
「お父さん、これから行くところって決めてる?」
「いや。まあ一応考えはあったけど、お前が行きたいところがあるならそっちでもいいよ。」
完全に嘘だ。私は思いっきりプランを描いていた。寿司屋から海沿いを九十九里浜まで走り、海を見ながら夕焼けの時間まで過ごすというプラン。
「あのさ、九十九里浜に行きたいんだけど。」
娘の言葉に驚いたのはこっちだ。「こいつは俺の心が読めるのか?」
「いいよ。せっかくだから海沿いを走っていけばちょっとしたドライブデートだぞ。景色もいいからそのうち彼氏とでも来てみるといい。」
「海沿いはいいわね。国道で房総半島を一周するのね。でも『彼氏』って何よ。そんなのまだいないって!」
「まあ、将来の話だよ。食べ終わったなら行くぞ。」
九十九里を目指すという希望が叶えられるからか、寿司屋を出てからの娘は妙に饒舌になった。
「ここ、走るの何回目?」
「う〜ん。多分二十回目くらいかな。学生の頃から来ていたからな。」
「誰と来ていたの?」
「学生のときは同級生と来ていたし、昔付き合った彼女を連れてきたこともあるし、車仲間とツーリングで来た事もあるよ。」
「ねえねえ、その中で一番楽しかった想い出って何?」
「そんなの言えないよ。想い出は自分の心の中にしまっておくものだよ。」
この時私はちょっとビックリしていた。娘を連れてきた理由がまさにその『想い出』だったから。

内房から外房に回り、九十九里浜が近くなった時に娘がふとつぶやいた。
「私、昔ここに来たことがある気がする。」
「覚えているのか?」
「何を?」
「実はさ、これから行くところってお前が二歳の頃に連れて行ったことがあるんだ。お母さんがちょっと風邪で寝込んでいたときに、お前にうつすとまずいから連れ出したことがあるんだ。一日どこかで暇つぶそうと思って海に連れてきたんだ。」
「それが九十九里だったの?」
「家から丸一日だとちょうどいい距離だからね。確かお前が海を見たのはあれが初めてだったんじゃないかな・」
「ふ〜ん。それでなんとなく懐かしい感じがするんだね。」
娘は妙に納得していた。しきりにうなづいているので私が今度は質問した。
「何か記憶に引っかかっていたのか?」
「実は小学生の頃に遠足で江ノ島に行ったとき、『私は海を見るのが初めてでした』って作文を書いたんだ。そしたらお母さんが『あなたは二歳の時にお父さんと二人で海を見に行っているのよ。』って話してくれた。でも、私の記憶になかったからすごく引っかかってたんだよね。」
「そりゃそうだろ?二歳の記憶をしっかり覚えている人なんていないぞ。」
「でもお父さんと二人ってところがすごく意外だったんだよ。」
今日のデートの目的の一つがこれで達成された。

九十九里浜に到着した頃、あたりは徐々に赤くなってきていた。盛夏を過ぎた九十九里の海はどこか荒々しく、海の家も半分ほどが既に閉鎖されていた。
私は娘と波打ち際を歩いた。そう、あの時のように。
「実はね。お前が二歳の時の想い出ってのは決して楽しいものじゃなかったはずなんだ。お前は初めて見る海にビックリしたらしいが、裸足にして砂浜を歩かせたら喜んでね。お前は一人でどんどん波打ち際に歩いていった。押し寄せる波がちょっとだけ足を濡らすのが気持ちよかったらしく、一人ではしゃいでいた。ところがちょっとした波の干渉で突然大波がやってきてね、お前は頭の上から波をかぶってしまったんだよ。」
「え〜っ。そんなことがあったんだ!」
「そう。とにかく頭から足の先までずぶぬれでね。私は慌てたよ。とにかく服を乾かしてシャワーを浴びさせないといけないんで、ちょうど今頃の季節の海の家に飛び込んだんだ。そこのおばちゃんが優しくてね。結局お前にシャワーを浴びさせて体洗って服を洗ってくれたんだ。乾かしている間、お前が裸だとかわいそうだからってTシャツを貸して着せてくれてね。」
「私、泣いてた?」
「最初、波をかぶったときは泣いていたんだけど、シャワー浴びてからはゴキゲンそのものさ。結局そのTシャツは『絶対に脱ぎたくない』って着て帰ってきてしまったんだ。」
「へぇ〜。なんだか記憶の奥が断片的に蘇ってくる感じだなあ。」

娘はとても楽しそうだった。私は久々に過ごす父娘のデートに満足していた。
やがて日没を迎え、周囲は夕焼け空で真っ赤に染まった。私たちは夕陽に向かって腕を組んで歩いた。そう、あの日のように。
公園の一角にベンチがあった。私はそのベンチに娘と並んで腰掛けた。
「このベンチ、実はお母さんとの初デートの時に座ったんだ。」
私はボソッと告白した。娘は目をまん丸にして私を覗き込んだ。
「お母さんとの初デートって九十九里だったの?」
「そう。まさに今日のコースに近い。あんな高級な寿司屋には入れなかったけどな。」
私はちょっと照れて答えた。
「お母さんとの初デートも、私を初めて連れて行った海も九十九里だったんだ!」
「なんというか・・・。お母さんとの想い出の場所にお前を連れて行きたかったんだよ。」
娘は突然立ち上がって伸びをした。そして夕陽に向かって手を合わせた。
「今まで育てていただいてありがとうございます。」
その後姿は妻にそっくりだった。初めてデートに誘ったときの妻に・・・・。

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