Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story6〜

Winding

早朝に目覚めてしまった。なんとなく最近眠りが浅い。仕事のこと、家庭のこと、子供のこと、いろいろと考えることが多すぎる。いくら考えても答えは一朝一夕には出ないのに、どうしても寝るときになると頭の中を考えることが渦巻いてしまう。眠っていても結局は考え続けているのだろう。それにしても日曜日の午前四時に目覚めてしまうというのは困ったものだ。私はもう一度寝ようと目を閉じた。まぶたの裏にふと高原の風に吹かれた日のことが浮かんできた。
「そうだ!高原に走りに行こう!」
私はベッドから静かに起き出した。
「パパ、どこ行くの?」
隣のベッドで眠っていた息子が目を開けていた。私は人差し指を口に当て
「シーーーッ。ちょっと出かけてくる。ママが起きないように静かにしていなさい。」
と囁いた。

手早く支度を済ませた私はガレージに眠るAlfa Romeoの元へと急いだ。エンジンをかけると必ず妻は目を覚ましてしまう。逃げ出すのは今のうちだ。一発でエンジンを始動し、素早くガレージから脱出する。暖機運転をしたいところだが致し方ない。
自宅を出発した私は最も近いインターチェンジから高速道路に入った。目指す高原までは約一時間。エンジンの回転数を抑えて暖機運転をしていないAlfa Romeoをいたわる。
「そういえばここ最近遠出をしていなかったよな。」
なんとなくエンジンの吹けが悪い。くすぶっているような愚図ついているような感じで、かつての『カーン』と胸のすくような開店のあがり方をしない。血液がどこかで滞っているような、神経の一部の反応が悪いような・・・。
「早くエンジンを回そう!」
とAlfaが叫んでいるようだ。暖気が充分と判断した私はギアを二速落して一気にエンジン回転を上げた。ちょっと不満げだったエンジンは息を吹き返し、一気に血の巡りが良くなったようにAlfaは猛然と加速した。しばらくエンジンを5000rpmに保ち、オイルを完全に回してやると
「おはよう!目が覚めたぞ。」
とAlfaが答えてくれた。

やがて私たちは国道最高地点として有名な高原に到着した。早朝の国道にはほとんど車はいない。私は自分に対してグリーンフラッグを振った。久しぶりに訪れるこのワインディングは二速から四速を使う中高速のコース。かつてはクルマ仲間たちとツーリングを楽しんだものだ。家庭を持ち、自分の時間がなかなか取れなくなった私にとっては遠い想い出の道。私はかつての感覚を取り戻そうとめまぐるしくギアを換え、ステアリングを小刻みに修正し、ブレーキを限界まで我慢して走りを楽しんだ。
ところが、私の意に反してAlfaは思ったような走りを見せてくれない。コーナーでの挙動はぎこちなくアンダーステアが出る。ダウンヒルでのブレーキングはキレがなく、ステアリングをこじるようにしないと曲がらない。
「もっと気楽に。肩の力を抜いて。」
どこからか声が聞こえたような気がした。
「もっと優しく、もっとのんびり。」
声の主は目に見えない。
「ぐいぐい引っ張るのではなくて、優しく後ろから押して。」
一人だけの声ではない。かつて私と共に、Alfaと共にここを走った仲間たちの声が頭の中で反響した。
「俺たちが一緒に走っていたときは、もっと笑顔で楽しくマシンと接していたじゃないか。」
私はふっと笑みを漏らし、ステアリングを握る手を緩めた。ギアは叩き込むのではなくて優しく手を添えるように。ステアリングは回すのではなくて送り込むように。ブレーキは踏むのではなくてつま先でステップを踏むように。そしてアクセルは撫でるように。
ブレーキングで荷重をフロントにかけて、ステアリングをゆっくりと送り、徐々にアクセルを踏み込んでいったとき、かつての『マシンを後ろからそっと押す』感触が蘇ってきた。Alfaと一体となった私は、このワインディングをさらに二往復した。Alfaが私の足になり、私の手になり、私の心臓になり、私の息遣いだった。

やがて夜が明け、朝日がまぶしくあたりを照らす頃、私は峠の頂上でAlfaを止めた。
「焦らずゆっくり楽しんで。」
私はAlfaと旧友が教えてくれた言葉を反芻した。私は少し焦りすぎていたのかもしれない。仕事も家庭も。そんな気持ちで私がいたら、仕事仲間も妻も子供も疲れきってしまう。もちろん私も。
「無理をせず、毎日を楽しんでゆっくりと生きよう。人生は長いのだから。」
私は朝焼けに輝くAlfaのドアノブに手をかけながら旧友たちの顔を浮かべ、久しぶりに集まろうと誓った。そう、それぞれの愛車と共に。いつまでもこの心を忘れないように・・・。
 

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