Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story7〜

Formula One

絵葉書が一枚届いた。差出人は懐かしい彼。そして投函元はヨーロッパのある都市。Air Mailで届いた絵葉書の絵柄はスパ・フランコルシャンサーキットのオールージュを下から見上げて撮影した写真だった。表にはこう記されていた。
「元気かい?僕は今、念願のスパにいる。まさに今日からF1ベルギーGPが開幕する。このオールージュを君に見せてあげたいよ。」
「これだけなの?」
私はあっけにとられるというよりあきれてしまった。彼が私の元を離れてから約三年。旅立ってから全くなんの連絡もよこさなかった彼の久々の手紙がこの絵葉書のこの文章だけとは・・・。
「よくこれでジャーナリストなんかやっているわね。」
しかし、この絵葉書には彼の気持ちがよく現れていた。スパ・フランコルシャンでF1を見るのは彼の希望だったし、オールージュを運転しながら駆け上がるのは彼の夢だったから。その夢を叶えた今、彼にはこれしか表現の仕様がないのだろう。満面の笑みでオールージュの傍らに帽子をかぶって佇んでいる彼の姿を想像して、私はちょっと微笑んだ。

三年前の鈴鹿。私たちは彼の好きなF1を初めて一緒に観戦した。私は自動車レースというものがよく分からなかった。
「同じところをぐるぐる回るだけなのになんで面白いのよ。」
私は彼に、同じお金をかけるなら、二人で一緒に温泉旅行に行くことを提案していた。彼は私と出会うまで毎年鈴鹿でF1を観戦していた。私たちが恋人同士とな
って
からも、彼は毎年鈴鹿に出かけていった。どうしても興味を持つことが出来なかった私は、彼と共に鈴鹿に行くことはしなかった。ところが・・・
「今年のF1は君と一緒に行きたいんだ。」
突然彼が言い出したときにはちょっとビックリした。
「なんで?」
「実は今年で鈴鹿でのF1は最後だ。来年は富士に行ってしまう。最後の鈴鹿は君と一緒に見たいんだよ。」
あまりにも熱心に誘うので、私もようやく折れた。
「私、寝ちゃうかもしれないよ。」
「いいよいいよ。ぜひ、あの音と雰囲気と風を感じて欲しいんだ。」
初めて鈴鹿にやってきた私は、まず彼のファッションにビックリした。全身フェラーリの赤に包まれた彼は、普段のビジネススーツの彼とは似ても似つかなかった。そしてさらにビックリしたのは知り合いの多いことだ。十五万人と言われる鈴鹿の観客の中で彼を知る人の多いこと多いこと・・・。
「あなた、いったい毎年鈴鹿で何やっているの?」
私は、私の知らなかった彼の一面を見て彼を問い詰めた。
「実はね、毎年F1を見続けていて、趣味が高じて雑誌とかに記事を書いて投稿したりしていたんだよ。新聞にも何度か載ったことがある。地方紙だけどね。」
私はあっけにとられてしまい、まじまじと彼を見つめた。
「ねえ、私たち付き合い出して何年になると思う?もうちょっとそういうこと教えてよ!」
彼は私のちょっとした怒りを気にもせず、ただニコニコと笑っていた。そう、少年のように。
やがてフリー走行が開始され、F1マシンが咆哮を上げて疾走し始めた。目の前を全力で立ち上がってゆくマシンの加速と音に私は震えた。そしてマシンが走り去った後にはまさに疾風のような風を感じた。
「すごい・・・・」
私は言葉を失った。テレビで見るのとは大違いだ。初めて見る千馬力近いマシンの存在感は圧倒的で、見るものをひきつける。
そして横では彼が専門的な解説を実に分かりやすく私に教えてくれた。
「あのマシンは燃料を満タンでレースシミュレーションしている。タイヤをいたわるためにライン取りが違う。」
「こっちは軽い燃料とソフトタイヤで予選タイムアタックの練習中だ。だから縁石を使って最速のラインをトレースしている。」
「このチームのギアセッティングはスタート時よりもヘアピンと最終コーナーの立ち上がりを重視しているから二速をロングにして加速を稼いでいる。」
はっきり言って私にはさっぱり分からないのだが、不思議と彼の解説は無知な私にもなんとなく理解できるのが不思議だった。

三日間でフリー走行、予選、決勝と観戦し、私はすっかりF1というものに対する見方を変えた。「ヒト」が操縦する地上最速のマシンに芸術さえ感じていた。そしてそれに熱狂する観衆たちの心、その代表選手である彼の気持ちに一歩近づいた気がした。
決勝終了後、グランドスタンドのオーロラヴィジョンでリプレイ観戦していた私は興奮して彼にまくし立てていた。
「あなたが言っていたことがよく分かったわ。音と雰囲気と風、全て私は感じることが出来た。」
彼は私を真剣に見つめてこう答えた。
「良かった。君ならば絶対に感じてくれると思っていた。でもね、鈴鹿のF1は今年で終わりなんだ。残念ながらこの観戦は最初で最後なんだ。」
「でも来年は富士でやるんじゃないの?」
「富士のF1は僕にとってぴんと来ない。そこで僕は海外に行くことにした。」
「え?来年は海外で観戦するの?」
「そう。来シーズンからはF1サーカスと共に世界を回る。」
「でもそれって・・・・」
「そう。僕は今の会社を辞める。そして夢だったF1サーカスのジャーナリストになる。」
あまりにも突然の彼の言葉に私は言葉を失った。
「君に相談もせず申し訳ないと思っている。でも、今まで僕が執筆してきた記事に興味を示してくれた雑誌社があって、ジャーナリストとして専属契約することになった。だから、君には僕がのめりこんでいるF1の世界をぜひ感じて欲しかった。そして好きになって欲しかった。そうすれば僕の決断も分かってもらえると思うから。」
泣くまい泣くまいとしていた私の目には涙があふれてきた。私には目の前のピットも、オーロラヴィジョンも、ホームストレートも全てレインコンディションに見えた。
「君を連れてゆくことはできない。そして会うこともなかなか出来なくなる。でも僕の無事は雑誌の記事で分かる。どうか僕のわがままを許して欲しい。」
こうして彼は世界へと旅立っていった。

私はそれから毎月発行されるレース専門誌が愛読書になった。彼の記事は実に客観的で、さらにドライバー心理やチーム戦略を読んでいて、雑誌の記事の中でも好評のようだった。一年の契約が二年になり、ついに三年目に入った。彼の活躍は嬉しくても、私の心は晴れなかった。F1をテレビで見るたびに寂しさがつのる。あの鈴鹿の彼の笑顔がまぶたに浮かんでしまう。
私はもう一度彼の絵葉書を手にとって見た。てっきり購入した既製品だと思っていた絵葉書の印刷は若干粒子が荒れていて、妙にアングルもおかしい。
「あら?」
絵葉書の隅に旗が映っている。ベルギーのスパなのに日の丸が。そしてその日の丸には何か文字が見えた。
「鈴鹿で会おう!」
私は一度まぶたを閉じ、彼の笑顔をもう一度思い浮かべながらゆっくりとあけた。絵葉書の写真は涙に霞んでいた。とめどなく流れる涙をぬぐうこともなく、私は思った。
「今年はF1が鈴鹿に帰ってくるのね。そしてあなたも帰ってくる。そして私も鈴鹿に行く。約束はいらない。この旗を見つければいいのだから。」
青空に浮かぶ日の丸を夢に描きながら、私は鈴鹿への思いを馳せた。

 

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