Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story8〜

Weight

故郷に帰ってくると不思議な懐かしさがある。街並みから来る独特の雰囲気や行き交う人の服装、そしてよく訪れた場所・・・。
私はかつての仲間たちと良く立ち寄ったバーの扉を開けた。卒業してから報道カメラマンの道を歩んだ私にとって、故郷ではなく日本の国そのものが懐かしいといってもいい。アメリカ風のバーなのに「いらっしゃいませ」というバーテンダーの日本語に妙な違和感を感じていた。もしかしたらバーテンダーが当時と違うせいかもしれない。私はかつてよく腰掛けたスツールに腰を下ろし、バーテンダーに注文した。
「ジントニック。ジンはゴードンでソーダとトニックをハーフにしてくれ。」
小説好きだった私が、ある小説のフレーズを真似してこの店で注文したカクテルだ。当時の友人たちの間では気障だのなんだの言われた記憶がある。私たちの間では「ゴードンソニック」という名前で通っていて、私が来るとバーテンダーが何も言わずにこのジントニックを前に置いたものだった。今はそのバーテンダーもいないらしい。

ドアベルが鳴り、誰かが店に入ってきた気配を感じた。ふと懐かしい香りを感じた私は振り返った。
「あら?」
当時とほとんど変わっていない佇まいで彼女は私の脇に立った。
「久しぶりだね。香りですぐに分かったよ。なんとなくここに来れば君に会えるんじゃないかと思って来てみた。」
「そう!私はずっとこの近くに住んでいるから、卒業後もずっと来ていたわ。既にこのお店の主かもしれないわね。」
彼女は最後の言葉はバーテンダーに向けて笑顔でうなづきながらそう言った。
「元気そうね。日本に帰ってきたの?」
「まあ、一時帰国のようなものだよ。あちらでは機材調達が難しくて、今回は日本で機材を買って帰る予定なんだ。」
「とんぼ返りって言うわけね。しばらく滞在してみればいいのに。」
「そうもいかないよ。写真だけで食べていくってのは大変なんだ。常にあちこちに飛び歩いているよ。」
彼女は一瞬複雑な表情を浮かべ、私から顔をそらした。
「おい、注文くらいしろよ。彼が困っているぞ。」
私たちの前にはバーテンダーが微笑んで立っていた。
「じゃあ、あなたと同じもの。懐かしいゴードンソニックね。」
「かしこまりました。」
バーテンダーは素早くカクテルグラスを取り出した。

しばらくの間私たちは近況を報告しあった。彼女は卒業後に銀行に勤め始めたが自分に合わずに転職し、今はコンサルティング会社に勤務しているらしい。そして彼女の左手薬指にはちょっと控えめなピンクゴールドの指輪があった。私はなかなかそのことを切り出すことが出来なかった。かつて愛した女性がどういう男性と結婚したのか聞くのが怖かったからだ。
「私、結婚したの。」
答えは彼女のほうから突然切り出した。
「うん。指輪が目に留まったから気になっていたんだ。聞きだすタイミングを測ってた。」
「多分、相手の名前を知ったらビックリするわよ。」
「ん?僕の知っている人なのかい?」
「彼よ。」
「え?」
「だから、私たちが共通して知っていて、深く話をすることが出来た彼といえば一人しかいないじゃない。」
「私は記憶の奥を探った。確かに共通の友人は多かったが、『誰』と特定できるほどの人がいただろうか?」
「ね?」
彼女は目の前のバーテンダーに向かって笑いながら問いかけた。
「このお店のオーナーですよ。」
バーテンダーは微笑みながら狐につままれたような顔をしている私に向かって答えを告げた。
「ええっ?僕たちが来ていた頃のバーテンダーのあのオーナーかい?」
「そうなの。あなたが日本を去って、私は毎日のようにこのお店に来ていた。いつもあなたの話をしていたわ。でも時が経つに連れてあなたの話題は減っていった。代わりに私と彼の間だけの会話がどんどん増えていった。私はいつの間にか彼のことが好きになっていた。」
「そうだったんだ。彼が君の心の支えになってくれたんだね。」
「バカ言わないで!彼はあなたに去られた私を慰めたんじゃない!あなたと違う形で私という一人の女を愛し、そして支えたのよ。」
「すまん。そういう意味じゃないんだ。ところで彼は今何をやっているの?」
「もう一軒お店を出したから、そっちを軌道に乗せるためにあちらにかかりきりだわ。それで私は寂しくこの店に来ているって訳!」
彼女は結婚の話になって少々酔いが回ってきたようだ。
「寂しいのか?」
私は彼女の真意を測りかねて尋ねた。
「違うの。彼は私のことをずっと支えてくれている。会う時間が減っても、会話する時間が減っても、彼は私をしっかりと支えてくれていることが実感できるから私は結婚したのよ。必要なのは私という一人の人間をしっかりと見つめていてくれることなの。多分、あなたには分からないわ。」
彼女はそれっきり口をつぐみ、黙々と飲み続けた。私はかける声を失い、ただただ酔いつぶれて行く彼女を見ているしかなかった。

彼女がすっかり酔いつぶれてしまい、カウンターに突っ伏しているのを見て私は腰を上げた。
「会計を頼むよ。彼女の分もだ。」
バーテンダーは黙ってうなづいた。
「一人で帰るつもり?」
目を向けると彼女がとろりとした目を私に向けていた。
「そろそろ行くよ。今日は久しぶりに会えてよかった。」
「待ちなさい!私を送っていくまでは帰さないわよ。」
彼女は私の腕にしがみついていた。
「分かったよ。じゃあ家まで送ろう。歩けるのか?」
彼女はスツールから立ち上がったが、一瞬でよろけて倒れ掛かってきた。私は彼女の脇に手を入れて体を支えた。彼女の髪が私の顔の前に来て、あの柔らかい香りが漂った。
「おんぶして!」
ほとんど命令口調で彼女が言った。私は仕方なく彼女の腕を取って自分の首に回し、足を支えて担ぎ上げた。
「店に迷惑かけてすまんな。おやすみ。オーナーに宜しく。」
バーテンダーにそういうと私は彼女を背負って店の外に出た。秋の訪れを感じる風が
扉から吹き込み、扉が閉まると今度は後ろから吹き返した。彼女の髪が私の頬に触れて、香りと共に風が去っていった。
「重いなあ。太ったんじゃないか?」
歩き始めた私は場の雰囲気をつくろうようにそう言った。
「重いわよ。私は人間なんだから重いわよ。人形じゃないのよ。その重さを支えることが愛なのよ。人を人形のように扱うことが出来ないってことがあなたには分からないのよ。」
彼女は突然私の背中から飛び降りた。驚いて振り向いた私と向き合った彼女の目は酔っている目ではなかった。
「これが言いたくておんぶしてもらったのよ。人の重さが少しは分かったかしら。」
そういい捨てて彼女は踵を返して歩き出した。そう、卒業のときと同じように。
「人の心の重さか・・・。」
彼女の後姿を見つめながら、今の彼女の幸せに祝福した。

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