Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story10〜

Rings

そのイタリアンレストランは湖の湖畔にぽつんと立っている。店内に30席、テラスに10席ほどのこじんまりした佇まい、ウッドを多用して落ち着いた雰囲気、テラスから一望できる日本最大の湖。カップルたちが愛を囁きあい、女性同士のグループはスイーツを囲んでのおしゃべりが耐えない。
僕は店の扉を開けると後から連れが来ることを告げ、テラス席の一つへ向かった。一番端のテーブル席、緑と白と赤のイタリアンカラーに彩られた椅子のうち、緑の席に僕は腰を落ち着けた。時計の針は約束の時間の十分前である事を示していた。彼女が来るまでの間、僕は一年前の事を思い出していた。

西に向かった二泊三日の旅行の最終日、ランチに立ち寄ったこの店で、二人はちょっとした意見の食い違いから言い合いになってしまった。お互いに譲れない考え方の問題。どちらが悪いわけでもない結果のない議論。結果的に僕は決定的に彼女を傷つける言葉を発し、彼女はそのまま席を立った。
「君は自己中心的過ぎる」
それから僕たちはお互いに連絡することもなく、僕たちの関係は解消した。彼女が悪いわけではないことは充分すぎるほど理解していた。そして彼女も僕が発した言葉がその場の勢いだけのものであることも充分に分かっているはずだ。しかし、一度ヒビの入った信頼関係はお互いの歩み寄りがなければ元通りにはならない。僕は自分の言葉に反省し、何度か彼女に連絡を取ろうと考えた 。しかい、結局行動に踏み切ることが出来なかった。僕のほうからひどいことを言ったのだから、僕から謝るのは当然だと思う。でも僕にはそれが出来なかった・・・。

約束の時間ちょうどに彼女がテラスに姿を現した。晩夏の太陽の光を真正面から浴び、白いワンピースに身を包んだ彼女の姿は眩しかった。そして彼女が身につけているものは一年前と全く同じだった。バッグ、ネックレス、ブレスレット・・・・。ただ、左手の指輪を除いては・・・。
「お待たせしたわね。来てくれてありがとう。」
「時間通りだよ。」
僕は彼女に席を勧めた。彼女は僕の斜め向かい、赤い椅子に腰を下ろした。
「あなたは必ず約束の十分前に来ている人だから、その十分間に対して『お待たせ』と言ったのよ。」
「君から呼び出しが来るとは思わなかったよ。本来ならば僕から声をかけるべきだったのに。だから待たせたのは僕のほうだよ。」
一週間前、僕の元に届いた彼女からの手紙にはこう記されていた。

お久しぶりです。その後お元気でしたか?
突然ですが、私はこの度結婚することになりました。その報告をしたいので一度会っていただけませんか?
一年前のあのレストランで午後一時に。

たったこれだけの文面だった。『結婚』という言葉にとても違和感を感じて簡単には受け入れられない気持ちになったのを覚えている。そしてその手紙に彼女の強い意志のようなものを感じた僕は会いに行くことを決めた。彼女に返事は出さなかった。僕が行こうが行くまいが彼女は店に来るはずだ。そして彼女は僕に対するけじめをつけるのだろうと思った。
そして今日、僕たちは一年前と同じ席にいる。

「手紙をありがとう。しかしびっくりしたよ。正直言って素直に受け入れられなかった。」
「そうよね。貴方にしてみれば青天の霹靂だわ。でも私にとっては悩みに悩んだ結果があの手紙なのよ。」
「そうだろうね。一年前の僕たちはあまりにも幼稚すぎた。そして僕が君に対して言った言葉は到底君に許してもらえるような言葉ではない。」
「いいえ、私はあなたを責めてはいない。自分に対して責めていたのよ。『どうしてあのような言葉を言われる
女なのか?』ってね。」
ウェイトレスが通りかかり、僕はエスプレッソを、彼女はカプチーノを注文した。
「さてと・・・。僕はいろいろ質問しなきゃいけない。」
「そうね。あんなはっきりと事実を書きながら謎めいた手紙を貰ってしまったんですものね。」
「うん。いつ結婚するんだ?」
「まだ日程ははっきり決まっていないの。まあ相手次第ね。」
「相手はどういう人間なんだ?」
「優しさが取り柄みたいな人ね。私と一緒にいると、必ず私の希望を叶えるように誘導してくれたり、ちょっとした気配りをしてくれるわ。私はなかなか気がつかないのだけれど、後から考えてみると自然と私の心地よいように物事が進んでいることがわかるの。」
「そりゃ凄いな。彼は僕よりもずっと大人の男なんだな。」
「さて、どうかしらね?その割に感情が高ぶってくると自制が聞かなくなって子供みたいなわがままを言うこともあるし、自分の意見は決して曲げない人よ。」
彼女の話を聞いていてなんだか僕は複雑な心境になってきた。彼女の言う『彼』の人物像は僕にそっくりだ。ちょっと考え込んでいるとウェイトレスが飲み物を運んできた。一年前、ランチアフターで僕たちは同じ飲み物を頼んだ。そしてそのカフェタイムの最中に言い争いが起きたのだ。
「なんだか一年前のビデオテープを見ているみたいだね。一年前は・・・」
「だから・・・」
彼女は僕の話を遮り、クスリと笑うと付け加えた。
「あなた、まだ分からないの?ここは一年前に戻るタイムカプセルなのよ。」
「だって、君は結婚するんだろ?その証拠に左手には婚約指輪がある。」
「これ?」
彼女は一度左手を隠し、ちょっといたずらっぽく僕の前に差し出した。彼女の左手に光る指輪はピンクゴールドのちょっとおしゃれな指輪だったが、婚約指輪というにはシンプルすぎるデザインだった。
「これはね、手錠なのよ。」
そういうと彼女はバッグから小さな箱を取り出し、僕に渡した。僕はちょっと戸惑いながら彼女の瞳を覗き込んだ。
「開けてみて。」
僕は箱を開けた。そこには彼女の指輪と同じデザインのチタンシルバーの指輪が入っていた。
「これは?」
「だから・・・。何でそんなに鈍いのよ。それはあなたへの手錠よ。」
僕はちょっと混乱して彼女に救いを求めた。
「もしかして・・・その・・・結婚相手って言うのは?」
「あなたに決まってるでしょ!女から男にエンゲージリングを贈るっていうのは珍しいとは思うけど、私のは『手錠』だからね。」
僕は絶句してしまった。前から彼女の行動力には脱帽していたが・・・。
「あなたから一年前に『自己中心的』と言われた。それからずっと考えた。確かにそう言われても仕方ないところが私にはあった。でもこれが私なの。だから思い切って自己中心派を貫いてやろうと思った。その結果が今日なのよ。」
「なんと言うか・・・その・・・嬉しいよ。」
僕は彼女のまっすぐな気持ちがただただ嬉しかった。そして指輪を手にとって左手の薬指にはめた。サイズはぴったりだった。
「手錠をはめたわね。鍵は私が握っているのだから、簡単には外せないわよ。」
彼女はいたずらっぽく笑うと続けた。
「今、あなたはグリーンの椅子に座っている。そして私は斜め向かいの赤い椅子に座っている。そのままでは真正面にはならないわね。だからどちらかが席を移動しなければならない。どちらが動くかというと・・・・」
「僕のほうだ。」
僕は彼女の言葉を遮って答えた。
「なぜ?」
「君は今日、白いワンピースを着ている。君が移動すると白い椅子に白いワンピースになってしまうから君の姿が映えない。だから君はそのまま赤い椅子に座っていて、僕が白い椅子に移動したほうがいい。」
そう言って僕は席を移動し、彼女の顔を真正面から見つめた。彼女は
「ご名答。さすがは私の旦那様になる人だわ。」
とニッコリ笑
って私の左手を自分の左手で包み込んだ。

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