Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story14〜

Pure Malt

「グランモーレンジ。シングル。」
スツールに腰を下ろして私はバーテンダーにそう告げた。隣のスツールの客と話しこんでいたバーテンダーは
「かしこまりました。」
と棚のボトルに手を伸ばした。鮮やかな手つきでメジャーカップを翻してグランモーレンジがグラスに満たされ、コースターと共に差し出された。チェイサーを出そうとするバーテンダーに手を振っていらないと告げ、私はジッポーの火をグラスに近づけた。60度を超えるアルコール度数を持つこのシングルモルトは青い炎を灯し始めた。私はしばらく炎と香りを楽しみ、やがてコースターをグラスに乗せた。10秒ほどしてからコースターを外し、私は一気に琥珀色の液体を口に放り込んだ。
「粋な飲み方だ。」
声のほうに顔を向けると隣のスツールから男が見ていた。歳の頃は私と同じかちょっと上。彼の前にもショットグラスが一つ。私はちょっとグラスを掲げて彼に挨拶した。
「真似事です。昔読んだ小説で主人公がこうやって飲んでいたから。」
私は彼にそう答えた。
「小説と言うともしかして北方謙三ですか?」
「ええ。ご存知ですか?『ふたたびの荒野』という小説で主人公が死んでいった友達のことを思いながら飲むシーンです。」
「もちろん。私のバイブルのような小説です。ブラディードールシリーズは何十回も読み返しましたから、どんなシーンでも思い出せますよ。」
「それは驚きです。私が北方謙三さんの小説を読むようになったきっかけもブラディードールシリーズなんですよ。」
「じゃあジントニックはソーダとトニックウォーターのハーフ&ハーフで飲まれるのでしょう?」
「もちろん!」
私たちは思わぬ共通の話題に声を上げて笑った。
「じゃあ、次はそのジントニックにしましょう。ジンはゴードンで。」
「では、私もそれを。」
バーテンダーは素早く二つのグラスを取り出した。
私たちはジントニックで乾杯し、それからお互いに自己紹介を始めた。話せば話すほど私と彼には共通点が多かった。クルマの趣味、酒の趣味、小説、映画・・・話は尽きなかった。彼は私よりも2歳ほど年上であることがわかったが、年齢差とは関係なく私を対等の友人として扱ってくれた。彼の経験談や少年のような笑顔は私に『ブラディードール』の主人公を思い出させた。
やがて5杯目のジントニックを飲み終わる頃、彼がスツールから立ち上がった。
「さて、今日は帰るかな。私は大抵この店で飲んでいますので、お会いできるのを楽しみにしていますよ。」
「また来ます。ぜひまた一緒に飲みましょう。」
彼は笑顔で手を振って店から立ち去った。私の隣のスツールがちょっと寂しそうに見えた。これが私が初めてこの店を訪れたときの出来事だった。

それから私はその店に来ることが日課になった。仕事の帰りの一杯は必ずその店で飲むようになった。彼とは会えるときも会えないときもあるが、週に2,3度は必ず会って話し込むようになった。大抵の場合はお互いの趣味に通じる話に花が咲いたが、時には仕事の悩みなどを相談するようになった。彼は私の相談に親身になって一緒に考えてくれた。一人っ子の私は彼に兄のような思いを画いていたかもしれない。親友と呼べる関係になるまで時間はかからなかった。1ヶ月もすると私たちは「俺、お前」で呼び合う仲になっていた。

そんな私たちに転機が訪れたのは出会ってから三年ほど経った時。私は転勤で地方へ赴任することが決まった。翌日出発という日、私たちはいつものように隣り合わせでスツールに腰掛けていた。
「地方と言っても日本国内だったらどこでも日着が出来る世の中なんだぜ。」
彼は私にそう言って笑った。
「今生の別れじゃあるまいし、しんみりするなよ。」
ちょっとセンチメンタルになっていた私に対して、彼はことさらに明るく振舞っているように見えた。
「ちょっと俺たちのクルマでぶっ飛ばせばすぐ着くさ。」
「そうじゃなくてさ。」
私は彼の言葉を切って話した。
「今までは『ちょっと会おう』とか言って相談することも出来たし、偶然バッタリということもあったじゃないか。でもそういうことがなくなるってのは日常生活の臍みたいなものがなくなるような気がしてさ。やっぱり寂しいものだよ。」
それを聞いた彼は隣のスツールからバッグを取り出し、中から包みを出してきた。
「『ブラディードール』でも友達を思い出すためにたくさんの小物が登場しただろ?男の存在感ってのは案外そんな小物の中にしまいこまれてるものじゃないのかな。どこかに自分の友達がいて、そいつが何かの時には助けてくれるっていうことを覚えているだけで幸せなことなんじゃないか?小物はそれを思い出すきっかけだからさ。」
彼が出してきた包みを開けると、中にはペンセットが入っていた。木製のボディーには『Pure Malt』の刻印。ウィスキーの熟成樽で作られたものだった。
「最初にお前に会ったときにグランモーレンジを頼んでいただろう?だから俺がお前を思い出す時にはグランモーレンジを頼むことにする。地方に行くとグランモーレンジは飲めないかもしれないからな。その代わりにそのペンを使ってくれ。」
私はフッと笑うと彼へ向き直ってこう言った。
「ありがとう。これでグランモーレンジが飲めなくても生きていけそうだ。」
ぷっと吹き出した私たちはやがて大笑いしながらバーテンダーに声を合わせて告げた。
「グランモーレンジ。シングル。」

あれから半年が過ぎ、久しぶりに私はこの街に帰ってきた。店の扉を開けると、いつもの席に彼がいた。私は黙って彼の隣に座るとバーテンダーに告げた。
「グランモーレンジ。シングル。」
前を向いて黙ってタバコを吹かしていた彼がくるりと私のほうを向き直り、にやりと笑った。
「よお!」
その仕草は以前と全く変わっていなかった。私たちはつかの間のタイムスリップを楽しんだ。

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