Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story16〜

With My Life

珍しく彼女から電話が来た。
「お久しぶり。元気にしているの?今度はいつこっちに戻る?」
彼女と言ってもいわゆる”彼女”ではない。私にとっては妹のような存在。 私が 夕食を兼ねてよく飲みに行ったレストランバーの常連客で、知り合ってからかれこれ7年ほどになる。私が帰宅途中にカウンターで飲んでいると、彼女がふらりとやってきては話をするというような関係が続いている。お互いに連絡先を教えあってはいたが、電話するでもなく、約束して一緒に飲みに行くでもない関係。必然のような偶然の出会いの中で私たちの7年間は過ぎていった。
「そうだなあ。月末には一度戻ろうと思っているけど・・・。ところで電話してくるなんて珍しいね。何かあったの?」
「久しぶりに兄貴と話をしたくなって、思い立ったら電話しちゃった。」
彼女は私のことを「兄貴」と呼ぶ。いつの間にかそんな呼び合い方になってしまった。従って兄貴としては妹を口説くことも出来ずに今に至っている。
「ふうん。ならば月末には必ず帰るようにするよ。久々にあの店で会おう。」
私は仕事の関係で1年ほど前から住み慣れた街を離れ、地方都市へと転居した。そのため、店にふらりと行くこともなくなり、彼女とも疎遠になっていた。久々に彼女の声を聞いた私の心には、懐かしさと共に若干の不安が芽生えていた。
・・・彼女は何か悩んでいるのだろうか?・・・

月末、私は約束どおり住み慣れた街に戻ってきた。街の雰囲気は1年立っても変わらないが、1年の月日は確実に街の細部を変えていた。新しい店が出来たり、新しい道が出来たり、新築の家が立ち並んでいたり、巨大マンションが姿を現していたり・・・。私の居なかった1年間のギャップを感じさせるには充分な変化だった。もちろんレストランバーのスタッフも一部が入れ替わり、新顔が私を出迎えた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
1年前はこんな挨拶はされなかった。顔なじみのスタッフがほぼ私の指定席になっていたカウンターへ導いてくれたものだ。私と目が合ったバーテンダーがカウンターの奥から素早く私に声をかけた。
「いらっしゃいませ!お久しぶりじゃないですか!」
その声に導かれるように彼女が振り向き、ちょっと気取った仕草でグラスを掲げて私を出迎えた。私はバーテンダーに笑顔で手を振って応え、彼女の隣のスーツルへ腰を下ろした。腰を下ろすと同時にかつての私のお気に入りだったギネスビールが差し出されたのを見て、私はちょっと微笑んだ。
「やあ。元気だったか?」
「うん。私は元気。兄貴のほうは?仕事は順調なの?」
「まあ、マイペースでやってるよ。場所が変わってもやることは同じだから。でもこういうふらりと入る店がなくてね。自分の居場所を見つけるのには苦労してる。」
「なかなかこういう店はないからね。仕事よりもプライベートでの居場所探ししているってのも兄貴らしいね。」
1年ぶりに見る彼女を観察していると、一見変化はないように見えた。しかし、なんとなく化粧の雰囲気も違うし表情もちょっと陰って見えた。
「まずは1年ぶりの再会に乾杯だ!」
私たちは軽くグラスを触れ合わせ、久々の再会を祝った。
「ところで珍しく君から連絡が来たけど何かあったのか?」
「う〜ん。そんなに単刀直入に聞かれると答えにくいよ。まあ、それがいいところなんだけど・・・。まずはその話は置いといて、彼女できた?」
「おいおい、そっちのほうが唐突で単刀直入だろう?まあ、俺自身が誰かと付き合おうとか積極的に動いていないからな。風の吹くまま気の向くままだから、今は彼女なんて絶対に出来ないよ。」
「でも、彼女居ない歴長いんじゃない?」
「うん、長い。長すぎる。」
私は真面目に答えると、彼女は天を仰いで笑った。ひとしきり笑い終えると、彼女はちょっと真剣な目をして私に問いかけた。
「寂しくない?」
私はちょっと言葉につまったが、正直に答えた。
「そりゃ、寂しいときもあるよ。例えばベッドで寝ているときに横に女性がいると体が柔らかくて暖かいだろ?なんかそういう癒されるような瞬間が欲しいときもある。でもさ、それがずっと付き合っている彼女になると『特別のこと』ではなくなってしまうような感じがするんだよね。『特別なこと』に慣れてしまうのが怖いかもしれない。」
彼女はちょっと思案していた。しばらく無言の時間が続き、やがて彼女はグラスのカクテルを一気に飲み干し
「お代わり!」
とバーテンダーにオーダーした。
「兄貴にとって私ってどういう存在なの?」
「君が『兄貴』って呼ぶのと同じだよ。妹みたいなものだと思ってる。正直、恋愛対象としてみたことがないわけではないけど、ちょっと口説きそびれた。」
私はそう言って笑った。ある意味ちょっと逃げた答えかもしれない。
「私はね、兄貴のことを結構恋愛対象として見ていたよ。口説かれたら付き合っていたかもね。この1年間もこのカウンターで飲むときに当たり前のようにいた兄貴が居なくなって、ちょっと寂しかった。兄貴の言う『特別なこと』が特別ではなくなってしまっていたんだろうね。」
「俺も同じ気持ちだったかもしれない。結局このカウンターで一緒に話して、一緒に飲んで、一緒に笑ってという時間が『特別なこと』ではなくなってしまっていたね。離れてみるとこういう時間が空気のように存在していたのが貴重に思えるよ。」
「実はね、私、プロポーズされているの。とてもいい人だし、私のことを大切にしてくれるんだけど、どうしても空気のような存在には思えないのよ。何というか・・・いつも『特別な時間』が継続しているような。そんな気持ちで結婚なんかしてもいいのかな?ってすごく迷ってるの。」
「話したかったのはこのことだったのか!おめでとうといいたいところだけど複雑だなあ。妹を嫁に出す兄貴ってところか?俺は。」
「一人の男としてどう思うか聞いてみたかったのよ。貴方にね。」
彼女のほうを振り向くと、真剣なまなざしがそこにあった。私のことを「兄貴」ではなく「貴方」と呼んだ彼女の微妙な変化が彼女の心を映し出していた。
「結局決めるのは君自身だと思う。でも言えるのは『一緒に人生を過ごすことが出来るか?』と自分に問いかけてみることが必要なんじゃないかな。『特別なこと』も大事にしつつ、『空気のような存在』でもあるってのが夫婦の姿なんじゃないかと思う。俺には経験がないから正解なのかは分からないけど、俺が次に付き合いたいと思うときは相手の女性のことをそんな尺度で見ると思うんだよね。」
「そういう存在の女性って今まで出会ったことある?」
私は彼女から目をそらし、ギネスビールを一気に飲み干してボソッとつぶやいた
「そうだな・・・。今、目の前にいるかな・・・。」
そっと横を向くと隣で妹が赤い液体の入ったグラスを見つめていた。その目からは一条の雫がゆっくりと流れていった。

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