Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story18〜

Adventure

旅が好きだった。
それに乗ればどこへでも連れて行ってくれる列車に乗るのが好きだった。
小さな頃からいつも列車に乗っては遠いところに出かけた。
そしてそれは僕にとっての冒険だった。

列車に乗るときは決まって各駅停車の旅を選んだ。もちろん小遣いを貯めても特急に乗るのは不可能に近いということもある。青春18きっぷという各駅停車専用のきっぷが発売されたのも、僕が一人旅を始めた頃だ。このきっぷの発売は僕にとってまさに救いの神だった。それまで小学生料金でも半額にしかならなかった周遊券と違って、日本全国の国鉄線に乗ることが出来て、4日間で8000円という格安料金。まさに僕のためのきっぷだと思ったものだ。
青春18きっぷで旅するにもいろいろと技がある。ビジネスホテルに宿泊するお金もないので、なるべく夜行列車を選んで長距離の移動をこなすのだ。硬い座席に腰をかけて、リュックサックを膝に抱え、”カタンコトン”というジョイント音を子守唄にぐっすり眠れたものだ。
リュックサックに入っているものも旅慣れてくると決まってくる。まずはお茶の容器。フタがコップになっていて、ぶら下げるビニールの取っ手がついているやつ。最初に買った駅弁と共に手に入れるのだが、これを一つ購入しておくと駅の水飲み場で水を入れるとそのまま水筒として使える優れもの。次に歯ブラシセット。当時発売したてだったと思うのだが、歯磨き粉とセットになってコンパクトにビニールケースに収まっている。歯磨きの時にはお茶の容器がそのまま使える。忘れてはならないのがポケット版の時刻表。もちろん家を出発するときには時刻表から読み出した乗り継ぎ計画を作り、その通りに乗り換えればいいのだが、結構アクシデントがあってそのままの行程にならないことが多い。
そして週刊のマンガ雑誌。実は暇つぶしに読むだけではなくて座席に座れなかったときは通路にマンガを置いてそれを座布団代わりに座ったり、空いている列車では座席の上において枕にして横になることも出来る。こういう知恵は経験しなければ分からないだろう。各駅停車で旅をしていると、地元の人々の思いもかけない親切に出会うこともある。そういえばマンガを旅に持ってゆくのもこんなエピソードから生まれた発想だった。

僕はその時、東京から西へ向かう各駅停車の車内にいた。午後の早い時間、ほとんどの大人たちは仕事中。車内はガラガラだった。4人向かい合わせのボックス席には僕一人だけ。朝早い出発だったので、僕は窓にもたれてウトウトとしていた。
ある地方都市の中心にある駅に列車が到着したとき、僕と同じボックスシートに大学生くらいのお姉さんが乗り込んできた。大きなカバンと円筒形の不思議なプラスチックケースを肩からさげていたお姉さんはすらりと背が高くて髪が長く、 そして美人だった。お姉さんは僕の斜向かいに優雅に腰を下ろし、傍らに円筒形のケースとカバンを置いて、カバンから手帳を取り出して何かを書き始めた。その仕草が大人っぽくて、僕は眠気が吹っ飛んでしまった。 お姉さんをじっと見るのも恥ずかしいので、僕は円筒形のケースを見つめながら、時折お姉さんの顔のほうにチラリと目線を向けていた。
「気になる?」
話しかけてきたのはお姉さんのほうだった。
「え?」
僕は一瞬何を尋ねられたのか分からずにきょとんとしていた。
「このケース、ずっと見てたでしょ。これの中身が気になるんじゃないの?」
「うん。何を入れるものなのかわからないし、始めて見たから。」
「見たい?」
「うん」
お姉さんはケースを開ける代わりに手帳を開いて僕に見せた。
「上手い!これ、僕?」
そこには列車の座席に腰掛けている子供のマンガが描かれていた。どう考えてもお姉さんから見た僕の姿だ。
「なんとなく書いちゃうんだよな。君、一人旅でしょ。列車に一人で乗っている小学生も珍しいし、リュックサックを持っているなんて絵になるなあと思ってね。勝手に描いてしまってごめんね。」
お姉さんはそう言って円筒形のケースを指差した。
「この中にはあたしが描いたマンガが入っているのよ。折れ曲がったりしないように紙を丸めて入れておくケースなの。会社では図面とか入れておく人もいるし、画家がデッサンを入れたりもするわね」
「ふ〜ん、そういう使い方をするんだ。お姉さんはマンガ家なの?」
「まだまだよ。今はデザイン学校でマンガの勉強をしているの。自分のマンガを世の中に出せるなんて夢のまた夢。」
「でも、そんなに上手なんだから絶対に売れるよ。僕が買う!」
思わず僕は力を入れて叫んでしまった。叫んだ直後に列車の中が静かなのに気がついて、赤面して下を向いた僕に
「ありがとう!私のファン第1号ね。」
お姉さんはニコリと笑って手帳のページを破り取ると僕に差し出した。
「君にあげるよ。絶対に私のマンガが世の中に出たら買ってね。」
僕は紙片を受け取るともう一度僕のマンガに目を向け、そしてリュックサックの中から時刻表を取り出し、今乗っている列車が出ているページに挟み込んだ。
「ありがとう。大切にするよ。」
列車が駅に滑り込み、お姉さんは荷物を持って席を立った。
「あたしはここで降りるけど、今日はどこまで行くの?」
「このまま列車を乗り継いで山口県まで行くんだ。」
「そう、遠いところまで行くのね。あ、そうそう・・・」
お姉さんはカバンの中を探ると、やがて週刊のマンガ雑誌を取り出した。
「長旅だからこれを読んで暇つぶししてね。マンガ雑誌って座布団にもなるし、結構使えるのよ。」
と言って僕の隣の席に置いた。
「え、お姉さん読まないの?」
「いいの、あたしはもう読んだから。お古でゴメンネ。」
ニコリと笑って手を振りながら列車を下りていったお姉さんの後姿を僕はぼうっとして見続けていた。

それから10年ほどが経過したある日、書店で少女マンガの週刊誌が目に留まった。表紙にカラーで描かれているイラストになんとなく見覚えがあったからだ。いい歳して少女マンガをじっくり読むわけにもいかなかったが、その表紙のイラストは何かを僕に思い出させた。僕は恥ずかしい思いをしてレジにマンガを持って行き、支払いを済ませてから逃げるように書店を後にした。
部屋でマンガを手にした僕は、表紙のイラストがその年の大賞を受賞した作だと分かった。そしてそのタイトルには「僕の冒険」と記されていた。

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