Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story19〜

Little Autumn

秋は唐突にやってくる。
夏の暑い陽射しが徐々に和らぎ、いつの間にかシャツを重ね着しないと肌寒く感じたとき、既に秋は自分の周囲に到来している。
蝉の鳴き声がコオロギの鳴き声に変わり、山肌は緑から赤と黄色へ変貌している。
四季の変化をアスファルトの都会で感じることは難しい。日々の仕事に追われ、毎日をあっという間に過ごしてしまう都会人。気がつけば1年が過ぎ、そして10年が過ぎ、やがて老いた自分に気づく。そんな自分を振り返ることほど悲しいものはない。
もっとその時その時を大切に、もっと小さなことを見逃さない自分でいたいと思う。振り返るならば常に振り返り、時間の経過をもっと楽しむことが都会人には必要なのかもしれない。

会社に向かう途中、歩道に落ち葉がたくさん敷きつめられている光景を見た。ふと目を上げると街路樹の葉はすっかり落ち、すっかりみずぼらしくなった冬姿の銀杏が空にそびえていた。
「気がつかない間に秋が過ぎ去ってしまった」
私は急に物悲しい気分に襲われ、ふとため息をついた。
「毎日ここを歩いているのに、なんで気がつかなかったのだろう」
思えばこの夏は暑かった。毎日毎日35℃を超える気温と容赦なく照りつける陽射し。歩いているときにはとにかく目的地に急ぎ、冷房の効いた部屋に駆け込むことしか考えていなかった。暑い日々は秋まで続き、気がつけばいつの間にか冬になっていたのかもしれない。秋を感じることが出来なかった自分は、ゆとりがなくなっていたのかもしれない。
「もうちょっとゆとりを持たないと息切れしちゃうな」
私は独り言をつぶやくと踵を返した。
「会社休んじゃえ!」

1時間後、私は高原へ向かう国道でクルマをゆっくりと走らせていた。既に冬が到来してしまっている高原に秋の忘れ物がないかを捜し求めながら・・・。
車窓を眺めているうちに私はあることに気がついた。都会よりも山間のほうがまだ葉が残っているのだ。標高が高くなってゆくに連れて葉はすっかり落ちてしまっているかもしれないと思っていた私だったが、意外にも山肌を埋め尽くす樹木は赤や黄色の色合いが残り、秋の面影が色濃く残っていた。しかし、国道の周囲には色合いはなかった。既に葉を落とした楓や銀杏が寂しく立ち並んでいるだけだった。
その時、1本の街路樹に私の目が留まった。立ち並ぶ街路樹の中でたった1本だけ赤い色をつけた楓があったように見えた。私はクルマをUターンさせ、再びその楓の前に停めた。2mほどしかない小さな楓は、周囲の街路樹が葉をすっかり落とす中でたった1本だけ赤い葉をしっかりとたくわえ、私を出迎えた。
「小さい秋見つけた」
私は自然と頬が緩むのを感じた。通り過ぎてしまった秋を思い出させてくれたその小さな楓に拍手を送りたかった。だから私はその楓の周囲をいつまでもうろうろと歩き回り、葉に触れてみたり、幹に手を添えたりして、まるで初恋の女性に出会ったような幸せを感じていた。

「何やってるんだ?」
背後から聞こえてきたその怒声が私の思考を断ち切った。振り返ると初老の男性がこちらへ向かって大股で歩いてきていた。
「いえ、べつに・・・」
私は今までの自分の行動をとっさに説明することが出来ず、口ごもってしまった。
「街路樹を痛めたらあかんぞ!」
彼はそういって私の前に立ちはだかった。
「あ、そういうことはしません。この道を走っていたら、この楓だけが葉をつけていたので思わずクルマを止めて眺めていたんです」
「本当か?枝を折って持っていこうとしていたんじゃないのか?」
「いえいえ。そんなことはしませんよ。他の街路樹が全部葉を落としているのに、この楓だけ葉をつけているのが不思議で、何か秘密があるのかと思っていろいろ観察してました」
彼はようやく私への疑念を解いたようだった。険しい顔から柔和な笑顔に表情が変わり、先ほどとは全く異なる話し方で説明してくれた。
「陽の当たり方と気温だよ」
「え?」
私は彼の言った意味がよく分からず、首を傾げながら聞き返した。
「どういうことなんですか?」
「この道はちょっとアップダウンしているだろ。この楓はその頂点のところに立っておる。山間だから気温は全体に低い。でもこの頂点の部分は周囲に陽をさえぎるものがないから、陽射しをずっと受けていることが出来る。だから他の街路樹に比べてこの楓の周囲だけがずっと気温が高くなるんだよ」
私は彼の言った言葉を聞きながら周囲に目を走らせた。確かに他の街路樹には何がしかの影がかかっているが、この楓だけは何者にも邪魔されることなく陽射しをいっぱいに受けていた。そういえば楓の周辺にいると上着が要らないほどポカポカしている。
「なるほど。それでこの1本だけ葉を落とさずにいるんですね」
「そう。何事にも理由がある。自然とはそういうものだ」
・・・自然は必然の元に成り立っている・・・
私はなんとなくそんな言葉を思い浮かべ、彼にお礼を言った。
「なるほど。よく分かりました。自然って凄いですよね。たった20mほどしか離れていない隣の樹木と全く異なる生き方をしているんだなあ、この楓は」
「そう。人間なんか自然に比べればちっぽけだ。でも木と違って自分から動くことが出来る。隣の木の位置にいつまでもいる奴は陽射しを受けられない。でもこの楓の位置まで自分で動いてくる奴は、陽射しを目一杯受けられる。どれだけ自分から行動できるか?自分から陽射しの意味を理解できるか?それが努力する奴としない奴の差なんじゃないのかね」
「そうですね。よく分かります。実は今日は秋を見逃してしまったと思ってふらりとここまで来たんですが、思わぬ人生経験をしたような気がします。あの〜、ちなみにどのような職業をしていらっしゃるのですか?」
「俺か?俺は農業だよ。畑やってる。自然と付き合っていると自然を味方につけなきゃいかん。だから兄さんよりもちょっとだけ自然に詳しいんだよ。機械や人間は人間の思い通りに動かすことが出来るかもしれん。でも自然は思い通りになんかいかないから、自然を味方につけるためにいろいろ考えるんだよ。そうしなきゃ畑なんかやっていけないからな」
「難しいようで簡単。簡単なようで難しい気がします」
「それがわかんないから人間なんだよ」
私は彼に礼をいい、もう一度楓を見上げてからクルマへと戻った。彼は見送るでもなく急ぎ足で立ち去っていった。私はエンジンをかけ、クルマをスタートさせながら彼の言葉を何度も何度も反芻していた。
・・・自然は人の思い通りにはならない。でも自然を味方につける努力をする・・・
自然を社会に置き換えてもう一度反芻してみた。会社では学ぶことが出来ないことを一つ勉強した気がした。

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