Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story20〜

Short Hair

自分がまさか一目惚れをするとは思わなかった。しかも中年と言われるような年齢になって、一回り以上も下の女性に惚れるとは・・・。
出会いは唐突にやってきた。まあ、人と人の出会いなどというものはいつも唐突なのだが、僕はその時ほど[運命の出会い]という言葉を思い浮かべたことはない。

あれは初夏を迎えようとするある日、僕はバーカウンターで1人で飲んでいた。僕は常に1人でいることを好んでいた。別に友人と飲むのが嫌いなわけではなく、会社でも仲間と仲良くやっているほうだ。しかし、プライベートな時間は誰にも邪魔されず、自分の思いつくまま、気の向くままで過ごしたかった。
若い頃はそれこそ毎晩のように友人と街に繰り出して遊んだものだった。その頃は付き合っている彼女もいたし、男女分け隔てなく遊びまくっていた時期もあった。しかし、そういう表面的な楽しみは時と共に空しくなるものだ。やがて年齢を重ねると共に友人も結婚、転職、転勤など散り散りになり、僕は1人でいることを好むようになった。女性を愛するということもいつか忘れてしまっていた。
「お隣、よろしいですか?」
突然声をかけられて僕は振り返った。そこにはショートカットで、身長がすらりと高く、黒っぽい胸元が開いたカットソーとジーンズでカジュアルに装った女性が笑顔で立っていた。気がつくとカウンターはほぼ満席で、僕の隣以外の席はいずれも塞がっていた。
「あ、どうぞ。荷物どけますから」
僕は隣のスツールを彼女のために空けた。彼女はゆっくりと僕の側からスツールへと腰を下ろした。カットソーの胸元に見えた鎖骨の線が綺麗だと僕は思った。彼女は腰を下ろすとバーテンに
「カシスオレンジを下さい」
と小さな声でオーダーした。僕は[失礼だ]を思いつつも彼女から目が離せなくなっていた。それは彼女があまりにも僕の理想の女性像にぴったりだったから。身長の高さ、ちょっとハスキーな声、鎖骨の美しい胸元、折れそうな顎の線の細さ、そして何よりもはっとするほどよく似合うショートカットの髪型。断ち切るように僕はビールを一気に飲み干すとバーテンにオーダーした。
「マイヤーズ、ロックで」
僕はしばらく1人でラムの香りと味わいを楽しんだ。ことさらに彼女のほうを見ないように気をつけながら・・・。バーテンダーも忙しいらしく、僕たち二人は言葉を発することなく黙々と飲み続けていた。但し・・・僕のほうはかなり右の隣が気になってはいたのだが・・・。
しばらくしてその沈黙を破ったのは彼女のほうだった。
「あの、そのお酒は何というのですか?」
僕はちょっとビックリしながら彼女のほうへ顔を向けた。間違いなく彼女は僕に質問している。
「これはマイヤーズという名のラム酒です。サトウキビを使ったお酒ですからちょっと甘いんです。でも飲みやすいのでつい飲みすぎてしまうのが難点ですけどね。ちょっと飲んでみますか?」
僕はちょっとぎこちなく笑いながら答えた。彼女は興味深そうにグラスを受け取ると軽く一口喉へ流した。その喉の動きにも僕は見とれてしまった。
「美味しい!でも、これはかなりきついお酒ですよね?」
「そうですね。飲みすぎると翌日に残りますよ。」
「私にはとても飲めそうにありません。なんと言ってもお酒が飲めるようになって間もないので」
「え?失礼ですけど歳は?あ、女性に歳を聞くのは失礼だとは思ったんですが、私よりも間違いなく年下ならば聞いてもいいかなと思って」
事実、彼女は僕よりも間違いなく年下だと思ったのだが、その立ち振る舞いから25歳くらいだろうと予想していた。
「先日ようやく成人になりました。お酒を飲み始めたのもここ数ヶ月なんです」
「ええっ?20歳ですか?申し訳ないが25歳くらいだと思っていました。落ち着いた所作がとても20歳になったばかりには見えませんでしたよ」
「よく言われるんです。中学生の頃から大抵は5,6歳上に見られてました。身長も165cmあるんです。だから可愛い女の子を見るとうらやましくって。でも本当に20歳ですよ。あと2年で大学を卒業です」
彼女はそう言って笑った。僕は20歳と聞いて正直ちょっとひるんだ。僕よりも一回り以上も下だ。
「身長165cmですか。ヒールを履いたら僕と同じくらいになっちゃうな〜」
「でしょう?最近の若い男の子はあまり身長が高くないから、私なんか大抵の男の子より大きいんです。小さな頃からみんなより身長が高かったので、どうしても猫背になってしまって・・・」
「それはもったいないですよ。モデル並にプロポーションがいいんですから誇りましょうよ!猫背なんてもったいない。胸をそらせて顎を引いてスッと立って歩くと絶対にかっこいいですよ。惚れちゃいます」
僕は思わず力説してしまった。それくらい彼女のことが美しいと思ったから・・・。彼女はちょっと下を向き、それから笑顔を僕のほうに向けた。
「ありがとうございます。そんな褒め方をされたのは初めてですよ」
僕はちょっと迷ったが、彼女に自分の気持ちを話しておこうと思った。当たって砕けたっていいじゃないか。
「実は貴女が隣に座ったときに一目惚れをしてしまったのです。表情もプロポーションも声も正直言って僕の理想像です。何よりもショートカットのヘアが似合っているすらりとした長身が素晴らしいと思いました。まあ思うだけならいいかと思ったけど、こんなに話が出来ると思っていなかったので調子に乗って告白してみました」
僕は照れながらも笑顔で彼女に告げた。彼女はちょっとうつむき加減で僕の話を聞いていた。
「私が・・・ショートヘアでなかったら理想ではないんですか?」
思わぬ質問に僕はちょっと驚いて答えに詰まった。
「いや、そんなことはないと思うけど・・・・でも、貴女にはそのショートカットが一番似合っていると思う。はっとするようなショートカット・・・かな」
「ありがとうございます。私、そういうこと言われたの初めてだわ」
「こんな口説き方をする奴もいます」
と言って私は笑った。
私たちはそれから互いのことについて夜遅くまで語り合った。僕はいつになく自分のことを語り、彼女は彼女よりもちょっと長い僕の人生について興味深そうに聞いていた。そしてお互いの連絡先を交換し合って別れた。もちろん次の約束を交わして・・・

それから1年半、僕と彼女は歳の差を感じさせない付き合いをした。それは彼女がちょっとだけ大人っぽく、僕がちょっとだけ子供っぽいから・・・。彼女の背筋を伸ばして歩く姿、優雅な仕草、ニコリと微笑む表情、そして何よりも折れそうな顎の線とショートカットを見るだけで僕は幸せな気分になれた。
「私、髪を伸ばすことにするわ」
彼女が突然僕に宣言したのは卒業する3ヶ月ほど前のことだった。
「卒業式に自分の髪で結いたいの。ロングヘアーを試してみることにするわ」
しかし、僕は彼女が気持ちを別の形で表しているような気がした。
「それ、髪を伸ばすだけなのかい?」
彼女はちょっと迷ったような顔をしていたが、やがて僕の目をしっかり見つめなおすとこう答えた。
「実は違う・・・。貴方との1年半、とても楽しかった。でも私はこれから社会人になる。社会人になったらいろいろと世間を見る目も変わる。子供の頃から慣れ親しんだショートカットをやめる事で私も生まれ変わろうと思う。貴方と一緒にいる間、私はちょっとだけ背伸びをした。背伸びしたままでは社会に出たときに背伸びのままで終わってしまいそう。だから自分を変えるために、自分の今迄から卒業するために髪を伸ばすのよ」
僕はちょっと悲しいような、嬉しいような複雑な気持ちになっていた。もちろん彼女にさよならを言うのは悲しい。しかし彼女の新しい門出に祝福するような嬉しさも感じていた。自分の大好きなショートカットの彼女は自分の中に永遠に残る。この時僕は初めて自分が彼女に抱いていた気持ちが「恋愛の愛情」よりも「人として守りたい愛情」であることに気づいた。そう、男は引き際が肝心だ。

3月、彼女は大学とショートカットと僕に別れを告げ、新たな世界へ旅立っていった。
そして僕はバーカウンターに戻ってきた。
「マイヤーズ、ロックで」
一目惚れも歳の差も気にしない。この1年半、僕にとって最高のひとときを過ごせたことに乾杯した。右のスツールにショートカットの幻を見ながら・・・・。

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