Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story23〜

Mother

TVのニュースで嵐山の花灯篭の話題を紹介していた。特にニュースが見たくてTVをつけていたわけではないのだが、ふと耳に飛び込んできた「花灯篭」という言葉に私は反応した。そういえば夜の嵐山に行ったことはなかった。京都に住まいを移して約1年、見たことのない京都の夜を楽しんでみるのもいい。思い立ったらすぐ行動するのが私の性格だ。手早く部屋着から外出着に着替えた私は、10分後には玄関のドアを開けていた。

嵐山の花灯篭は毎年12月に開催される。有名な渡月橋と竹林の道が灯篭でライトアップされ、多くの観光客でにぎわう。週末金曜日から日曜日までの3日間しか開催されないイベントだから、ごった返すのは当然だ。そしてこの日も嵐電嵐山駅周辺は身動きが取れないほど人で溢れかえっていた。私は人ごみにちょっと閉口したが、人の流れに任せて竹林の道へと向かった。
竹林の道は嵐山の西のはずれ、天龍寺の裏手にある。もちろん夜なので天龍寺は閉門している。人の流れは天龍寺よりさらに北側にある竹林の道の入口へと向かっていた。夜8時だというのに道の両側にあるお土産屋さんとおしゃれなカフェには客が並び、狭い道をさらに狭くしていた。ほとんど人をかき分けるように歩かないと先に進めない。私はちょっと後悔し始めていた。こんな人ごみに来るくらいなら家でゆっくりしていたほうがマシだったかもしれない。

しばらく進むとようやく人の流れもスムーズになり、竹林の道に達するころには自分のペースで歩くことができるくらいになっていた。天龍寺の北門付近から道の両側に花灯篭が一定間隔で置かれ、いつもなら懐中電灯を持たねば歩けないほどの暗い道をぼんやり照らしていた。竹林の中に仕込まれたライトと灯篭の明かりの織り成す光景は幻想的で、緑とも白ともいえない微妙な竹の色合いに私は見とれた。電灯という人工の明かりが竹という自然を引き立たせているというのは、なんとなく面白い。その昔はおそらく灯篭は電灯ではなく、蝋燭の明かりであったに違いない。竹をライトアップするというのは誰が考えたのだろうか?
人々は思い思いにカメラを構え、自然と人工の融和した光景を楽しんでいた。私もまた、同じようにカメラを取り出して年に一度の光景を楽しんだ。但し、一人で観光しているのは私くらいのもので、多くは家族連れか恋人同士。彼らは楽しそうにこの光景について語り合い、そして一緒に写真を撮り合っては笑っていた。
「一人でこの景色を楽しむのは魅力半減だな」
私は独り言をつぶやくと踵を返した。景色は楽しんだし、あとは一杯飲んで週末の始まりを楽しもう。
その時、私の直後から
「すみません」
という声が聞こえ、私は振り向いた。そこには私と同じくらいの年齢の男性と、和服の老婆が立ち止まっていた。男性は老婆の手を引き、老婆は支えられるように佇んでいた。
「あの〜、シャッターをお願いしたいのですが」
男性はそう言ってカメラを差し出した。
「いいですよ」
私は気軽に応じるとカメラを受け取り、男性と老婆と竹林をうまく構図におさめ、シャッターを切った。いい出来栄えのはずだった。私はしきりにお礼を言いながら恐縮している男性にカメラを返しながら尋ねた。
「お母様とご一緒に?」
「ええ、母ももう歳ですし、一度竹林の道の花灯篭と見たいというものですから、関東から旅行でやってきました」
「そうですか。関東からわざわざ。お母様にとってはかなりの長旅でしょう。お疲れでしょうね」
「そのはずなんですが、母は強情で決して弱音を吐かないんですよ。まあ、自分が見たいと言ったわけだから意地張っているのもあるんですけど」
その時老婆がつぶやいた。
「だってお前に弱音はいたからって体力が回復するわけじゃないし、そもそも私が一人で行くって言ったのについてきたのはお前じゃないか」
私は思わず微笑んでしまった。それは言い草が私の母にそっくりだったから。男性は
「全く意地っ張りなんだから。一人で新幹線に乗ってきたって右も左もわからないくせに」
「その気になれば私だって一人でどこでも行けるんだからね」
私は笑顔で親子のやり取りを聞いていたが、思い立って携帯電話を取出し男性に手渡しながらこう頼んだ。
「すみませんが、お母様と私をその携帯のカメラで撮ってもらえませんか?私も母にこの景色を見せてあげたいと思いまして」
「いいですよ」
男性は気楽に応じてくれた。私は男性に代わって老婆の手を取り、竹林の道を背景にポーズを取った。老婆を母のように見立てて・・・。
「ありがとうございました」
私は二人に礼を言いながら携帯電話を受け取った。早速写してもらった画像を写メールにして母に送った。こういう文面を添えながら。

元気?今日は嵐山の花灯篭をやっていたので観光に来ました。ライトアップされた竹がきれいです。竹林の道で僕たちと同年代の親子に会いました。シャッターを息子さんに押してもらい、その間お母さんの手を取って支えてました。何となく母さんと一緒に刊行した気分になりました。

私は満足して嵐山駅に向かって歩き出した。人ごみをかき分けながら・・・。
駅に着くころ、私の胸ポケットで携帯電話が振動した。開けてみると母からの返信メールが届いていた。

写真をありがとう。私も花灯篭を見に行った気分になりました。お変わりありませんか?たまには元気な顔を見せに帰ってきてください。

「次は本当に母を連れて見に来よう」
私は独り言をつぶやくと混雑している駅に向かって再び歩き出した。

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