Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story24〜

Light Blue

手紙が届いた。しかもきちんとした封書で。
電子メールの発達した現代、僕の部屋の郵便ポストに入っているのは大抵チラシの類か公共料金の請求書くらいなものだ。手書きで宛名の書かれた封書は、その多くの「いらないもの」の中で妙に輝いて見えた。
「誰からだろう?」
僕は封書をひっくり返し、裏面を確認した。ところがそこには差出人の名前がない。僕は首を傾げながらペン立ての中からペーパーナイフを取出し、丁寧に封書を開封した。中には便箋が2枚ともう一つの小さな封筒。1枚は白紙だ。封書で手紙を送り際、最後に白紙を1枚添えるという礼節をわきまえた人物かららしい。そしてもう1枚の本文には女性を思わせる柔らかく端正な文字でこのように記されていた。

突然のお手紙をお許しください。覚えておられないかもしれませんが、私は以前に一度あなたとお会いしてからずっとあなたのことが頭から離れませんでした。ずっと勇気が出せなくて私の気持ちを伝えられずにおりました。でも、このままでは私の心が壊れてしまいそうです。
本当に身勝手なお願いで申し訳ありませんが、今週末、私と共に過ごしていただけませんでしょうか?あなたのお時間を少しだけ私に下さい。きっぷを同封いたします。大阪発サンダーバード7号の車内でお待ちしています。
もし、あなたが現れなかったとしても仕方ありません。どうぞ私の勝手なわがままだと思ってお忘れいただければ結構です。

僕は手紙を読み終わると、同封されたもう一つの封書を開封した。そこには今週末土曜日のサンダーバード7号の特急券と金沢までの乗車券が同封されていた。7号車7番B席。
「サンダーバード7号の7号車7番とは・・・」
僕は思わずつぶやいてしまった。ゲンを担いだのだろうか?などと妙な考えが頭をよぎった。いや、そんなことはどうでもいい。問題はこの女性(と思われる)差出人が誰かということだ。何度考えてみてもさっぱり思い当たる人物はいなかった。僕にも一応彼女がいる。しかし、この文字は絶対に彼女の筆跡ではないし、第一このような手紙を彼女が出すわけがない。しかも今週末の日曜日は僕の誕生日。もちろん彼女と会って食事をする予定になっていた。もし、この手紙の差し出し主に会い、金沢に出かけたらその日のうちに帰ってくるかどうかわからない。僕は大いに悩んだ。
結局、僕は好奇心に負けた。まず相手が誰だか確かめることが先決だ。金沢までいくかどうかは別として、まずは大阪からサンダーバード7号に乗ってみようと決めた。車内でこの差出人の女性と会って話をしてみたい。少なくとも自分に好意を持ってくれた人をないがしろにはできない。僕は自分で自分に言い聞かせるように週末の予定を組み立てた。一応一泊分の準備くらいはしてゆこう。行くと決めた後の僕は妙に心がうきうきしていた。

サンダーバード7号は大阪駅11番ホームから8:42に発車する。僕は旅行するときには列車の入線前からホームで待って、ゆっくりと乗車するのが好きだ。しかし今回だけは発車直前に乗り込むことにしていた。僕の席は通路側。もし差出人が後からやってきた場合は一度席を立つという気まずい雰囲気を作ることになる。しかもその状況で「あなたは誰ですか?」とは聞きにくいだろう。だから大阪駅に到着してから8:40まではなんとなく駅構内の売店や待合室でぶらぶらとすごし、8:41になって車内に乗り込んだ。7番Aの席に女性の後ろ姿を確認した僕は、車両の後方から前に向かって通路を進んでいった。7番Bの席の前で立ち止まった僕はゆっくりと7番Aの席に向かって声をかけた。
「お手紙をありがとうございます」
窓の外へ目を向けていた女性はゆっくりと視線を上げた。窓に映った僕の目と女性の目が絡み合い、やがてゆっくりと女性が振り返った。
「来てくれたのね」
女性はにっこりと笑って私に隣の席を勧めた。細面の顔に軽くウェーブのかかった髪が似合っていた。なかなかの美人だが、やはり僕の記憶の奥を探ってもこの女性を思い出すことはできなかった。
「とりあえず座ったら?話はそれからにしましょう」
僕は女性に言われるがままに7番Bの席へ腰かけた。ちょっとリクライニングを倒したのとほぼ同時に列車は静かに大阪駅を出発した。
「まず・・・名前を伺ってもいいですか?」
僕はとりあえずすべての疑問を女性にぶつけようと思った。おおよそこの場に似つかわしくない質問だが、これがわからないことには先に進めない。
「名前というより、私とどこで出会ったか聞きたいんじゃない?」
「いや、全くその通り。申し訳ないんだけど、僕はあなたのことが全然思い出せない。どこでお会いしたんでしたっけ?」
「その通りよ。記憶を探しても絶対に答えは見つからない。なぜなら私はあなたのことを一方的に知っているだけで、あなたは私と会うのが初めてだから」
「え?ということは?」
「私があなたを一方的に知っていて、一方的に誘った。ただそれだけのことよ」
「それはつまり・・・」
「まあ、片想いね。ずっと気になっていた。そして勇気を出して行動した」
「どこで僕のことを知ったの?」
「その話はあと。いろいろとあなたのことを知りたいから、私が一方的に質問するわね」
列車が新大阪駅を発車してからもずっと女性は私に質問を続けた。趣味、仕事、好きな食事、好きな場所・・・・。なんだか面接を受けた気分だと僕は思った。車窓にサントリー山崎蒸留所が見えるころ、ついに核心の質問が来た。
「彼女はいるの?」
僕はちょっと返事に詰まったが、正直に答えることにした。
「いるよ。かなり長いこと付き合ってる。実は明日が僕の誕生日なんだ。だから明日は一緒に食事することになってる」
「ふ〜ん。なら私と金沢に旅行しても泊まることはできないのね」
僕は返事をしなかった。この女性は魅力的だし、この誘われ方も嫌いではない。なんとなく徐々に心の襞にしみ込んでくるようなアプローチの仕方に心惹かれていたのも事実だった。返事をしない僕に向かって女性は言った。
「ごめんなさい、あなたを困らせるつもりはないの。ちょっと焼き餅やいちゃうけど。」
「僕もあなたに惹かれていないわけではない。でも突然すぎるかな〜」
ちょっとおどけたように笑って僕はその場を繕った。女性はちょっと口元に笑みを浮かべ、アームレストの僕の手に自分の手を重ね合わせた。
「ありがとう」
女性の息が耳元にかかり、香水の香りが僕の鼻をくすぐった。僕はちょっと幸せな気分になり、女性のほうへ顔を向けた。その時
「あれ?あなた何やってるの?」
通路から突然声がかかった。聞きなれた声だ。僕は驚いて手をひっこめ、通路に目を向けた。そう、声の主は僕の彼女だった。
「なんでここに?」
彼女は僕に向かって当然の質問を投げかけた。完全に取り乱していた僕は支離滅裂な答えをしていた。
「えっと、手紙が来て、きっぷが入っていて・・・その、この人と隣の席になって・・・えっと・・・」
必死に説明しようとするがうまく説明できない。まあ、当然だ。そんな僕を見ながら彼女は腕を組み、通路に両足を踏ん張るようにしっかりと立っていた。そう、仁王立ちとはこういうことを言うのかもしれない。説明する言葉が整理できないくせに僕はそんなことを考えていた。その時、僕の隣から助け舟が出された。
「彼を責めないでくださいね。私が勝手にお誘いしたんです。彼女がいるという話も先ほどお聞きしたところです」
女性の説明を聞きながら、ようやく僕は冷静になってきた。ところで彼女はなぜここにいるんだろう?
「そう、そうなんだよ。大阪からずっと話をしていて、ようやく僕のことを話し終えたところ。ところで君はなんでここにいるの?どこかへ旅行するの?」
彼女は組んでいた腕をほどき、腰に手を当ててニコリと笑った。ほぼ同時に隣の女性がくすくすと笑いだした。僕はあっけにとられて二人の女性を交互に見た。
「なに?」
僕の問いに答えるかのように二人の女性はやがて声を上げて笑い出した。静かな車内でまったく迷惑な話だ。間抜けなことに僕はこの時初めて「はめられた」ことに気が付いた。
「ちょっと、ほかのお客さんに迷惑だから二人とも静かにしなよ」
僕はちょっと仏頂面をして二人をたしなめた。
「ゴメン!実はね、彼女は私の友人なの。前からあなたの写真を見せていたの。あなたの話をしていた時に『そういえば彼はいつも冷静で慌てた顔を見たことがないなあ』って私が言ったのね。そうしたら彼女が今回の計画を思いついて私もそれに乗ったというわけ!」
彼女はいたずらっぽく笑った。
「僕の慌てた顔を見たいからこの企みをしたの?懲りすぎだってば!」
確かにこんなに慌てたことはここ数年なかったかもしれないと僕は思った。まんまと彼女に嵌められたことに僕は苦笑いしてしまった。
「さて、お邪魔虫の私は退散するとしましょう」
女性はゆっくりと立ち上がり、僕は彼女のために通路へと立ち上がった。列車は間もなく京都駅に滑り込もうとしているところだった。僕は女性に向かってこう言った。
「心臓が縮みますから2度と勘弁してください。でも・・・楽しかったです。ありがとう」
女性はにっこり笑うと
「驚かせてすみません。でも、お二人に私の入る余地は本当になさそうね。お幸せに」
と告げると、優雅にデッキに向かって歩き去った。僕は改めて彼女に向き合うと、7番Aの席を勧めた。
「人が悪いよ、全く。二人とも許さんぞ」
僕は改めて7番Bの席へ腰を下ろした。
「ごめんなさいね。でもようやくあなたの慌てた顔を見ることができたから私は満足よ。お詫びにこの週末は金沢スペシャルコースにあなたをご案内するわ。それにしてもさっきのあなたの顔、真っ青な顔とはよく言うけどまさに真っ青だったなあ」
列車は京都駅を出発しようとしていた。窓の向こうには彼女の友人が手を振って見送っていた。僕たちは笑顔で手を振って応えた。やがて列車はゆっくりとホームを離れ、徐々に加速を始めた。
「さてと!」
彼女はバッグから缶ビールを2本取出し、上目づかいで僕を見ながら1本を勧めた。二人は勢いよくプルトップを開け、顔の前に掲げた。
「金沢の旅に出発!」
彼女が身振り手振りではしゃぐたびに、柔らかな香りが僕の周囲に漂った。
・・・真っ青な顔なんかしてないさ。ちょっと青ざめた程度だろ?君の香水と同じLight Blueくらいだよ・・・
僕はふっと微笑むと缶ビールを一気に飲み干した。

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