Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story26〜

Evening Call

ふとどこかに出かけたくなることがある。別に計画しているわけでもなく、思いつくままに思いついたところに出かける。人にはそういう自由がある。自由に動けるうちに自由に動かなきゃ損だ。毎日の時刻表通りの生活なんてつまらない。
朝目覚めて、歯磨きをし、顔を洗い、スーツに着替え、電車に乗り、会社に着く。会社に着いたら決められた仕事をし、決められた時間に会議をし、昼休みにランチを食べ、再び仕事をし、仕事が終われば電車で帰る。
そんな毎日だけを過ごしていたら、人は人ではなくて機械と同じだ。人には機械にはない心がある。心を開くのは自分の気持ち次第。そして行動次第。

僕は珍しく早い時間に仕事を終え、帰宅途上の電車の中にいた。いつもは夜遅くに一杯ひっかけたサラリーマンの酒臭い息の中で帰宅する。しかし今日は酒臭さもなく、やたら騒ぐ酔っ払いもない静かな電車の中にいた。かくも電車の中とは静かなものかと僕はびっくりした。シーンとして電車のモーターの音と線路のジョイント音以外は何も聞こえない。
静かな車内で私はふと思った。「こんなに早く帰れたことを活かさなきゃ!」と。その時、僕の前に立っていたOLの会話が耳に飛び込んできた。
「今度のゴールデンウィークは四国行きたいよね〜」
「そうそう、徳島行って鳴門海峡の渦潮見て、海の幸食べてお酒飲んで、締めは徳島ラーメンだよね」
「やっぱり車かなあ」
「電車で徳島は行きにくいでしょ」
「じゃあ私が車出すよ」
僕はその会話に耳を傾けながらふと考えた。「四国上陸は無理としても、淡路島くらいならこれから帰ったって行けるじゃないか。別にゴールデンウィークまで待つ必要なんかないさ。思い立ったら行動だ。俺だったら今日にでもすぐ行きたいぞ。行ってから考えるぐらいの行動力を持たなきゃな・・・え?行動力?・・・俺は今日早く帰っているわけだよな。いつもより時間あるよな。行けるよな」
そう考えると居ても立ってもいられなくなった。自宅から最寄りの駅で電車を降りると足早にまっすぐ自宅へ向かい、荷物を置いただけで着替えることもなくすぐに車のエンジンをかけた。一人暮らしの僕は誰にも気兼ねをする必要はない。幸いガソリンはたっぷり残っていた。帰宅してから出発するまで5分、僕は20分後には高速道路上にいた。

阪神高速道路に差し掛かったころ、ハンズフリーにしていた携帯電話が鳴った。
「はい」
「こんばんは。何しているの?」
イブニングコールの主は神戸に住む女性の友人だった。
「今日は仕事の終わりが早くてね、もう家に帰ってから車で出てきているんだ」
「珍しいのね。どこへ行くの?」
「淡路島」
「え?」
彼女は一瞬絶句した。
「なんでまた・・・」
「実はさ、帰りの電車の中でゴールデンウィークに徳島に行こうという計画を話していたOLがいてね、その話を盗み聞きしていたら無性に淡路島に行きたくなった」
「すごい行動力ね。淡路島に行って何するの?」
「さあ、何も考えてないけど・・・まずは淡路サービスエリアで海でも見るかな。その後食事」
「なんだか面白そうね。私も行こうかな」
「え?」
今度は僕が絶句する番だった。
「大丈夫。迎えに来てくれる必要はないから。淡路サービスエリアに行けばいいんでしょ?私は自分の車を運転していくわ」
「おいおい、君まで僕の思いつきに感化されちゃったのかい?」
「今、あなたの話を聞いていたら無性に明石海峡大橋を見たくなっちゃった。まだライトアップ時間に間に合うわ」
「飛ばさないようにね。着いたら電話をくれ」
「あなたもね。じゃあ、ちょっと待たせるかもしれないけど食事はしないでいてね」
僕はハンズフリーボタンを押して電話を切った。クルマは間もなく垂水ジャンクションに差し掛かろうというところにいた。

淡路サービスエリアは明石海峡大橋を渡ってすぐ、淡路島の北端に位置する高台にある。瀬戸内海に囲まれて対岸には阪神臨海工業地帯が広がる。僕はちょっと肌寒さを感じながら、ライトアップされた明石海峡大橋を眺めていた。考えてみれば3時間前までは会社で仕事をしていた自分が今ここにいるこ。日常生活から離れた不思議な感覚。そして電車の中の静けさとは違う、もっとひんやりした静けさが僕の気持ちを、波長をゆったりとさせていた。
僕の思考は突然後ろから「ポンッ」と肩をたたかれたことで打ち切られた。僕はちょっと空を仰ぎ見るとゆっくりと振り返った。
「びっくりした?」
「しない」
「え〜〜!」
僕の反応に彼女は頬をちょっと膨らませて抗議のポーズを取った。
「電話してないのにあなたの居場所がわかったのよ。もっと驚いてくれてもいいじゃない」
「でも、肩をたたく人なんてここには君しかいないじゃないか。それにこんなに静かで落ち着いた場所にいたら、気持ちはものすごくゆったりしているからそう簡単に驚いたりしないよ」
僕はそう言って明石海峡大橋を指差した。彼女は導かれるように目を向けると、虹色に変化するイルミネーションにしばし見とれた。
「落ち着くね」
彼女はぽつりとそれだけ言った。僕はただ彼女の両肩に両手を添えた。
「ただ会社に行くだけの日々をこうやって変えてみると、こんなに気持ちって落ち着くんだな」
僕は素直に自分の気持ちを表現した。彼女は無言で僕に寄り掛かった。
「ちょっと、このままでいてもいいかな?とても落ち着くから」
僕は無言で「いい」と答えたつもりだった。

しばらくの間、明石海峡大橋を見つめていた彼女に僕は言った。
「ありがとう」
彼女は前を見たまま返事をした。
「何が?」
「イブニングコール」
そう言って僕は彼女の顔を覗き込んだ
彼女は視線を動かさずに再び尋ねてきた。
「何でお礼を言うの?」
僕はこう答えた。
「君のイブニングコールがなければ、僕はここに一人でいただろう。それはそれで楽しいかもしれないけど、こんなに長い時間落ち着いた気持ちでぼうっと過ごすことはできなかった」
彼女は両肩に乗っている私の両手の上から自分の両手を重ねてこう答えた。
「電話ってすごいね。遠いところにいても相手の行動を知ることができるって。でもイブニングコールじゃなくってナイトコールだったら会えてなかったかもね」
「そうだね。絶妙のタイミング。以心伝心だね」
僕がそう言うと、彼女は自分の身を抱くように僕の両手を握ってさらに強く寄りかかった。そしてこう言った。
「あたたかいね」

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