Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story27〜

Color of Spring

南の風が暖かさと香りを運んでくると、いつの間にか白と茶色の世界から様々な色合いの世界へと変貌している。春とは意識しないうちに自分の周りに訪れるものなのかもしれない。いつもの通勤路でも、ちょっと散歩に出かけたときにも、道端に緑色の若葉を見つけたときにふっと季節の変わり目を感じる。まるで白黒の映画が徐々にカラーの映像に代わってゆくような瞬間が春なのかもしれない。

朝、目覚めた時からなんとなく外に出たくなった。窓の外が妙に色づいているように感じたから。何となく陽ざしに色がある。窓を開けてみるといつも見慣れた景色がある。でも、景色の雰囲気が何となく違う。そう、陽射しは生成りのようにちょっと黄色っぽく、空は青みが増してまさに空色、遠方の山々は若草色、花壇には緑の中にちょっとだけ蕾の鮮やかな色合いが見える。
「いつの間にか春が来た」
嬉しくなった僕は久しぶりに自転車を持ち出してみた。クルマで出かけるにはあまりにもスピードが速すぎる。歩いて出かけるにはいろいろな景色を見ることはできない。自転車のスピードが今日の気分にはぴったりだった。自転車ならば周囲のペースに合わせる必要はない。ゆっくりと景色を楽しんでもいいし、目的の場所まで一直線に進んで行ってもいい。
僕は行く先も決めず、ぶらりと自転車をこぎだした。僕の住んでいる町は城下町。ところどころに堀の跡が残っている。緩やかな水の流れに合わせるかのように、自転車のギアを低速にセットしてゆっくりと進む。花の香りを感じながら。
しばらく走ると桜並木が見えてきた。春と桜はベストカップルすぎてあまりにも普通すぎる。しかし僕の目に飛び込んできたのは河原一面を埋め尽くす菜の花の黄色だった。水と空の青、桜のピンク色の仲を取り持つ黄色い菜の花は何とも言えない存在感を醸し出していた。僕は思わず自転車を止め、河原に向かって歩いた。水面近くに立って対岸を見渡し、一つ深呼吸をした。鼻腔いっぱいに春の香りが飛び込んでくる。空気がおいしいというのはこういうことなのか?
その時ふと「パステル」という言葉が頭に浮かんだ。もしかしたら春の色ってパステルで表現するのが一番なのではないだろうか?そう考えると居ても立ってもいられなくなった。急いで自転車に戻ると、町に向かって走り出した。僕の頭の中にはパステルを買って色を載せること、それしかなかった。

町に出て僕は焦った。パステルってどこで売っているんだっけ?幼稚園のころ使ったクレヨンではなくてパステル。大きな画材専門店しか売っていないのかもしれない。デパートを巡り、文房具店を巡り、いろいろ見て回ったのだがパステルは置いていないという。探し回ること2時間、僕はようやく一軒の大きな文房具専門店に行きついた。
「パステルは売っていますか?」
店員の女性に尋ねてみると、
「ありますよ。どういう種類のものをお探しですか?」
僕はちょっと困った。パステルっていろいろ種類があるのか?
「えっと、硬いやつで四角くて・・・一般的なパステルなんですが・・・」
僕の説明がおかしかったらしく、店員は笑いながら
「品物を見ていただいたほうがいいかもしれませんね。こちらへどうぞ」
驚いたことに店の一角にはパステル専用コーナーがあり、様々なパステルが並べてあった。
「一般的には何色かセットになっているものをお求めになる方が多いです。欲しい色が決まっているならばバラ売りもあります」
どうやらパステルにはハードタイプとソフトタイプがあるらしい。ソフトタイプはいわばクレヨンのようなもの。ハードタイプは鉛筆の芯を固めたようなもの。僕はハードタイプのパステルの中からスカイブルー、白、ピンク、黄色、緑を選び出した。
「それだけでいいのですか?」
店員が僕に尋ねた。
「この色は必須なんです。でもあと何色を買ったらいいかよくわからない」
真面目な顔で僕は答えた。
「どんな絵をお描きになりたいのですか?」
「実はさっきこの近くの堀で桜並木と菜の花の対比を見て、パステル画を描いてみたいと思ったのです。空と水の青、桜のピンク、若葉の緑、菜の花の黄色は必須でしょ。でも他にも色が必要だよなあ〜」
「ああ、あそこのお堀ですね。私も自転車で通っているのですけど、今日は綺麗でした。写実的にお描きになりたいならいろいろな色が必要ですけど、イメージをお描きになりたいならそれだけの色で表現してみてもいいかもしれませんよ」
彼女はそう言って店の奥を指差した。そこには「空」という題名でほぼ一色しか使用していないパステル画が飾ってあった。僕はそのパステル画の作者名と、目の前にいる彼女の名札が同じ苗字であることに気付いた。
「あ・・・あれはあなたが?」
「恥ずかしいですけど、私は美大で絵を勉強してまして・・・」
彼女はうつむいて小さな声で答えた。
「ですから、イメージだけなら色をあまり使わないほうがいいかと思って」
僕は彼女のアドバイスに感心した。僕が描きたかったのは景色ではなくて「春の色」なのだから。
「わかりました。イメージ湧きました。ではこの5色だけいただきます」
「はい。あの〜」
彼女はさらに何か言いたそうだった。
「何か?」
「あの、パステルを買ったとして、何に描くんですか?」
うかつだった。描くものがあっても描かれるものがないじゃないか!
「そうでした。スケッチブックもいただきます。なるべく小さなもので」
自転車で持って帰るのだから当然だった。僕はA4サイズの小さなスケッチブックとパステルを5本手に入れた。店員の彼女にお礼を言って自転車にまたがると、一目散に堀へと向かった。やっぱり今日は自転車で出てきて正解だった。僕は大満足だった。

堀へ到着すると、僕は早速河原に陣取ってスケッチブックを開いた。写生画を描くわけではないからイメージだけわかればいい。水の青、河原の緑、黄色い花、ピンクの花、空の青、イメージだけでパステルを走らせた。時には濃く、時には薄く。
白いスケッチブックに載ってゆく色は、それぞれが春を主張しているように見えた。それは色それぞれが生きているという主張をし、お互いに共存し、春を彩っていた。

「あら」
後ろから声をかけられて僕はふっと我に返って振り向いた。桜並木の道で画材専門店の店員の女性が自転車にまたがったまま僕を見下ろしていた。
「まだ描いていらしたのですか?」
「ええ、まだ描き始めて間もないし・・・」
と言いながら僕は周囲を見渡してびっくりした。すっかり薄暗くなった河原はすでに夕方を通り越して夜のとばりを迎えていた。
「あ・・・今何時ですか?」
「もう6時過ぎですよ。私もアルバイトが終わって帰るところです。あれからずっと描いていたのですか?」
「どうやらそうらしいです。全然気が付かなかった」
「絵を描き始めると時間経つのを忘れてしまいますよね。私もよくあります。知らない間に徹夜していたとか」
お互いに顔を見合わせて噴き出してしまった。その時、僕のお腹が「グググ」と音を立てた。
「あ、朝から何も食べてなかったことを今思い出しました。夕食、食べなきゃなあ。何ならご一緒しましょうか?」
「ならばぜひ。あなたの絵を見せていただけるなら」
「いえいえ、美大の専門家にお見せするなんて滅相もない。絵を見せるくらいなら夕食はパス」
その時もう一度僕のお腹が悲鳴を上げた。彼女は笑いながらこう答えた。
「実は声をかける前から30分ほど後ろで見てました。だから今更遅いですよ。もう見ちゃいましたから。「春の色」が十分に伝わる絵だなと思って見てました。あなたの心の中がしっかりと描きこまれていたと思いますよ。自信持ってください」
「いやあ、そうですか。恥ずかしいなあ。見られちゃったなら今更隠しても意味ないか。じゃあ僕のお腹の不平不満を解消しに付き合ってください」
僕は画材道具を片付けると、彼女の横に自転車を並べた。
「春が来た・・・か」
独り言をつぶやくと彼女が怪訝な顔で覗き込んだ。
「いや、なんでもないです」
僕は慌てて自転車を漕ぎだし、彼女は笑いながら後ろから追ってきた。

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