Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story29〜

Classmate

東北の冬は長い。三寒四温という言葉があるが、僕が思うにその言葉はもっと南のずっと温暖な地域にしか通じないのではないかと思う。11月には雪が降り、3月末まで常に白い世界の中に閉ざされる南会津では、三寒四温のような徐々に春が訪れるという感覚はない。しかし、長く閉ざされた冬が過ぎ去ったあとの春の到来は早い。北からの風がおさまり、いつの間にか南からの暖かい空気を感じるようになると、一気に桜の開花を迎える。そう、まるで新学期の到来を風が運んでくるように。
そんな春の到来を感じさせる穏やかな午後にあいつからの電話が突然かかってきた。
「久しぶりね。元気にしてた?そっちももう暖かくなってきたのかな?」
電話の声の主は高校時代までの同級生。あいつとはお互いの家が近かったこともあっていつも一緒に過ごしていた。子供のころは常に二人で一緒にいたと言っても過言ではない。
「先週までは雪が残ってたけんど、今日はぽかぽかだな。ところでどうすたんだ?急に電話なんか」
高校の卒業以来、僕たちは離れ離れになった。既に10年が経つ。あいつは都会の生活に憧れて東京へ就職した。僕は実家が温泉旅館をやっていたこともあって、地元に残って旅館の仕事を手伝っていた。
「ちょっとさ、そっちに帰ろうかと思って。来週帰るんだけど、なんか懐かしくなって電話しちゃった。」
あいつから電話が来るなんて6年ぶりくらいだ。卒業後しばらくはお互いに電話をしあって近況報告などをしていたし、長期休暇の時にはあいつも実家に帰ってきていた。疎遠になったきっかけはあいつの両親の引っ越しだった。もともと東京に本社のある会社に勤めていたあいつの父親が20年ぶりに本社に戻ることになったためだ。会社勤めをしたことがない僕にはよくわからないが、地方の支社を立ち上げる仕事をしたあいつの父は会社の中ではそれなりの地位にいて、いわば定年までの最後の期間を本社の役員として勤務するという「花道」を用意されたのだという。
「お前、親と一緒に住んでるんじゃないの?」
「うん。親がこっちに引っ越してきたから一緒に住もうという話があったんだけど、結局一人暮らしに慣れちゃったから一緒に住むのやめたんだ」
「ふ〜ん。んだら帰ってきたときにその辺の話もゆっくり聞くべさ。汽車の時間さ教えといてくれ」
到着する列車の時間を聞き、短い会話は終わった。僕はなんとなくあいつの言葉の端々に垣間見える寂しさのようなものを感じ取っていた。大体向こうに両親がいるのにこっちに「帰る」という理由がわからない。

そして翌週の週末、あいつ・・・いや女の子だから「あいつ」と言ったら失礼かもしれないが・・・が帰ってきた。列車から降りたったあいつを見て僕は思わず息をのんだ。腰まで伸びたサラサラのロングヘアに真っ白なブラウス、タイトのミニスカートにパンプス、柔らかそうなスプリングコート。後ろ姿だけだったら絶対にあいつとは気が付かないだろう。僕はちょっとドキドキして改札口から手を振った。
「迎えに来てくれてありがとう」
あいつは高校時代と変わらない笑顔で僕に手を振った。
「いやあ、見違えちゃったなあ。なんかキャリアウーマンって感じだな」
「見かけだけだよ。都会じゃあみんなこんなカッコしているよ」
なんだか僕はあいつが遠い遠い世界に行ってしまったような気がした。
「お前、こっちでどこに泊まるんだ?」
「え〜!だって旅館に泊めてって言ったじゃん」
「聞いてない」
「言ったってば」
「言ってない」
僕は反論しながら高校時代を思い出していた。そういえばこいつ、いつも「言ったつもりで言ってない」とか「やったつもりでやってない」ってことばっかりだったな・・と。目の前にいる都会の女と、制服を着た昔のこいつがダブってきて、僕はちょっとほっとした。
「まあいい。うちの旅館さ泊まれ。どうせ空いている部屋があるんだし」
「やった〜」
僕たちはまず僕の自宅兼旅館に向かった。自宅に到着すると、僕の両親があいつを見て懐かしそうに歓迎した。
「あいや〜すっかり綺麗になって〜。こんな汚い旅館さ泊めるのも申すわけねえなあ」
「ほんど、ご無沙汰すてすまって・・・。急に押すかけてすまって申すわけねえ」
両親の言葉にあいつまで東北弁に戻っているのを見て僕は微笑んだ。荷物を部屋に運び込むとあいつは僕に言った。
「ちょっと部屋の外さ出てて」
「ん?なんで?」
「女の子が着替えさするのにあんたはずっとそこにいるつもり?」
僕の答えを聞かず、出てゆく前なのにさっさと服を脱ぎ始めたあいつの姿に僕は慌てて部屋を出て行った。
「そういえばあいつ、おっちょこちょいのくせにせっかちだったな」
苦笑しながら僕は玄関であいつを待った。

「お待たせ」
振り返った僕はあっけにとられた。あいつは高校時代に着ていたトレーナーとジーンズに装いを変えて目の前に立っていた。
「あのさ、なんかもんのすごいギャップ感じるんだけど」
「いいじゃん。故郷に帰った時くらいは楽なカッコしなきゃ!さ、散歩行こう!」
あいつは玄関でさっさと持ってきたスニーカーを履くとスタスタと外へ出て行ってしまった。僕は慌てて後を追った。
「おい、どこ行くんだよ」
「決まってるじゃん。温泉行くの」
この街には昔からある無料の露天風呂がある。河原に存在するその露天風呂は粗末な脱衣所しかなくてもちろん混浴。子供のころはよくこいつと一緒に入ってはしゃいでいた。
「まさかあの露天風呂行ぐのか?」
「だってあそこ行かなきゃこの街に帰ってきた意味ないし」
「俺と一緒に行がなぐてもいいべさ」
「んや。あんたと一緒に入りたいの」
あいつはそう言って手提げのバッグの中からタオルを取り出して見せた。僕はもう「どうにでもなれ」という気持ちになっていた。今日はとことんこいつに付き合うしかないな・・・と。
露天風呂に着いた僕はさっさと服を脱いで露天風呂に向かった。あいつのほうは見ないようにしながら。脱衣所に背を向けて川面を見つめていた。しばらくして背中に気配がしてあいつが入ってきた。ゆらりと湯船が揺れ、僕の右隣にあいつが腰を下ろした。僕は視線を前に向けたままじっとしていた。
「あのね」
あいつはぽつりと話しだした。
「卒業してここを出て行ってからの話してもいい?」
「うん」
「最初は東京に住める。都会に行けるってうきうきしてた。最初に就職したところはレストランチェーンの社員だったんだけど、結局はアルバイトのまとめ役みたいにレストランのウェイトレスの仕事だったんだ」
「うん」
「レストランチェーンって言っても、本社の事務かなんかをやるんだと思ってた。でもさ、高卒の地方出身者なんてオフィスで働く仕事なんて出来ないんだよ。なんかこれじゃああたしって都会に住むことだけを目的に就職したみたいな気になってさ、2年くらいでやめちゃったんだよ」
「うん」
「それで他の就職先を探したんだけど、資格があるわけでもないし大卒でもないから全然オフィスで働く仕事なんかなくてさ。本当は私、計算得意だから経理の仕事とかやりたかったんだよ。簿記の勉強もしたしね。でも全然ダメ。結局夜の街で水商売やるしかなかった。そんな時に両親が東京に引っ越してきて、水商売やっているのがばれてそれで縁切られちゃった」
「うん」
「だからあんたや同級生のみんなに連絡もできなくてさ。なんかみじめになってきて。でも生きていかなきゃいけないし、接客の仕事は嫌いじゃなかったし」
「うん」
「でも、結局年齢がどんどん進んでいくと、水商売だって定年があるんだよ。あたしを指名してくれるお客さんも減ってきちゃったんだ」
「うん」
「そこで考えちゃったんだ。今までのあたしの人生ってなんだったんだろう?って。それで思い返していて気が付いたんだよ。楽しい思い出はこの南会津にしかなかったなって。だからなんか無性に帰りたくなってさ。そしたらあんたの顔が浮かんで、気が付いたら電話してた」
僕はただ「うん」とだけ答えながらあいつの話を聞いた。卒業まで共に過ごした時間を思い出しながら。無邪気で明るくておっちょこちょいでせっかちで、そして人一倍負けず嫌いのあいつの高校時代を思い浮かべながら。
「あたし、都会に疲れたよ」
あいつはそう言って僕の肩に顎を載せた。あいつの目からとめどなく流れた涙が僕の肩に落ちているのがわかった。その滴の音は川の流れの音と同じくらい大きな音に聞こえた。僕はまっすぐ前を見ながらあいつのお団子に丸めた髪を左手でそっと撫でた。
「都会を卒業してくればいい。ちょっと長い間大学にいて、都会ってものを勉強したと思えばいい。お前にはちょっと大きすぎたんだ」
あいつは僕の左手をつかむと思い切り引き寄せた。僕はあいつの背中に右腕を回し、肩を抱き寄せた。
「駅の向こうの桜、今日あたりが見ごろだべさ。お前が東京に出てくときもあの桜が満開だったべ。いつでもあの桜はお前の帰りを待ってるのさ」

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