Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story30〜

Your Eyes

急に東北の温泉に行きたくなった。雪見温泉のシーズンが終わりかけているということもある。思い立ったらすぐ行動してしまう私にはあまり同性の友人がいない。彼女たちに言わせると「信じられない」のだそうだ。女一人でふらりと旅に出ることがそんなに信じられないことなんだろうか?まあ、前もって誰かを誘って計画を立てて旅行に行けば「普通」なのだろう。でも私の場合は地方のおいしい料理や温泉、そして景色とそれを記録に残すデジカメがあればそれでいい。旅の友は景色なのだから・・・。

私は目覚めるとすぐに行動開始した。雪見温泉ということで山形県の温泉宿に予約を入れる。幸い土曜日の夜であっても旅館では一人旅の客を断るようなことはなかった。都内から山形までは新幹線を使えば2時間半ほどで行くことができる。しかし、今日の私は時間に縛られたくなかった。私は迷わず東北本線の各駅停車で北へ向かうことにした。
福島駅まで順調に乗り継いで約4時間半ほど。長時間の汽車の旅は苦にならなかった。車窓を彩る景色と暇つぶしの文庫本があればいい。ちなみに私は「鉄子」ではない。でも新幹線と違ってコトコトと走る列車の音は好きだ。そして車内で会話されるお国ことばも心を和ませる。
福島から乗り継ぐときに私は愕然とした。米沢まで行く列車は1日に6本しかない。私の乗り込んだ列車が出発するのは1時間後。もちろん車内はガラガラで、私の他には誰もいない。車内を回ってきた車掌さんが
「出発は1時間後ですがよろしいですか?」
と聞いてきたときには正直恥ずかしかった。でも文庫本を読んで時間をつぶしていると何となく時間が経過するから不思議だ。次に私が気付いたのは出発の15分前だった。文庫本に没頭していたから周囲のざわめきに気が付かなかったが、車内には結構大勢の人が乗り込んできていた。思い思いの座席に腰をかけ、出発の時を待っている。
ほぼボックスが埋まり始めたころ、私の前に一人の男性が乗り込んできた。彼はリュックサックを網棚に乗せると、ブルゾンのポケットから小型のデジカメを取り出した。奇しくも私の持っているモデルと同じ型だ。小型ながら解像度と感度が一眼レフに引けを取らないこのカメラは、旅行に持ってゆくのに都合がよい。つまり彼も写真が趣味らしいと私は推察した。

しばらくするとホームに発車ベルが鳴り響き、列車は静かに出発した。東北本線から右にそれ、奥羽本線に入ってしばらくすると、今までの平野の景色が一変する。福島と米沢の間の難所、板谷峠を越えるのだ。そして標高が高くなるにつれて車窓にはちらちらと雪景色が現れ、やがて全面を雪に覆われた雄大な山間部が出現する。私はデジカメを取り出して夢中で白い幻想的な世界を画像におさめた。列車の床下にも雪が付着しているのか、走行する音がとても静かだ。その列車の走行音はまるで雪の中の「シーン」とした雰囲気を壊さぬかのようだった。
しばらくして、私は前の男性客がデジカメを手にしながら全く景色を撮影していないことに気が付いた。なぜ?と疑問に思った私は、はたと気が付いた。私が窓側に座っているから?4人掛けボックスシートの窓側に私が座っているから彼は写真が撮りたくても取れないのではないか?私は思い切って彼に声をかけた。
「あのー。外の景色を撮られるなら代わりますよ。どうぞ」
彼はちょっとびっくりしたような顔をして私を見ると、やがて微笑んだ。
「いえいえ、いいんですよ。今は撮るものがないから」
私は彼の答えが気になって再び尋ねた。
「景色を撮るのではないんですか?」
「う〜ん。景色と言えば景色なんですが、私の場合はちょっと変わったものを狙っていまして。私の撮りたいものが現れたら申し訳ないですが席を代わっていただけると嬉しいです」
「そうなんですか・・・。まあ、いつでも言ってください」
釈然としなかったが、私はその「被写体」が来たらわかると考えてそれ以上の質問をやめた。

やがて列車は「赤岩」という駅に到着した。周囲に何もなく、駅のホームがどこにあるかもわからないほど雪に埋もれた山間部。突然彼はデジカメを手にするとドアに向かって行き、半自動ドアを開けて外の景色の撮影を始めた。列車が走り始めても彼はしばらくの間ドアの小さな窓からシャッターを押し続けた。私はこの時点でも彼が何を撮影しているのかわからなかった。やがて列車がトンネルに入り、彼が私の前に戻ってきた。
「何を撮影されていたんですか?」
私は好奇心に勝てず、彼に尋ねた。
「駅です。」
彼はこともなげにそう答えた。
「駅?」
私は意味が分からず、もう一度彼に尋ねた。
「そう、駅です。と言っても普通の人に対しては答えになっていませんよね。私は秘境駅を巡る旅をよくやっていまして、あの赤岩駅は秘境駅の中でも全国トップ10に入るほどの有名な駅なんですよ」
旅に慣れている私でも、こういう視点での旅があるとは思わなかった。
「秘境駅ですか・・・。なんだかロマンチックですね。確かにさっきの駅は周囲に何もなかったですよね」
「赤岩駅は一日の乗降客がゼロという日もあるそうですよ」
「そうなんですか?」
私は驚いた。私が毎日通勤で使う新宿駅の一日の乗降客は6万人だ。
「しかもその昔は山越えのためにスイッチバックという方法で走っていたので、その遺構が残っているんですよ」
そう言って彼は先ほどの赤岩駅の画像を見せてくれた。
「列車が走っているのが本線で、そこから分岐した先にトンネルがあるでしょう。そこが昔の駅だったんです。電化されて新幹線が走るようになってスイッチバックは使われなくなりましたが、鉄道遺産として取り壊さずに残してあるんです。もっとも壊すお金もかかるというのが本音なんでしょうね。壊してもその後に何か建築する必要もなさそうだし」
彼はおかしそうに笑った。
「なんだ、そんなに有名な場所ならもっと早くに教えてくれればいいのに」
私はちょっと彼に抗議した。
「あ、興味持っていただけました?実は赤岩駅の先の板谷駅、峠駅、大沢駅の3つの駅も同じようなスイッチバックの遺構があるんですよ」
「それならば私も撮影しておこうっと。せっかく各駅停車で旅行しているのだから、記録しなきゃ損ですよね」
「そうですよ。新幹線ならばあっという間に通過してしまうところです」
それから彼は板谷峠を越える昔の奥羽本線の話をしてくれた。私とほとんど変わらない年齢なのに、昭和40年代のこのあたりの情景を見てきたことのように語れる彼がちょっとまぶしかった。
「旅と写真がお好きそうですね」
彼は逆に私に質問してきた。
「ええ、私は思い立ったらすぐに行動してしまうタイプで、今日も急に雪見温泉に行きたくなって出てきてしまったんです。いい景色とそれを画像に残せるデジカメがあれば一人でも本当に楽しいです」
「私も休みになるとどうしてもうずうずしてしまうんです。秘境駅が私を呼んでいる!ってね」
彼はそう言って照れくさそうに笑った。
「同じカメラでも私とは撮影している景色が全然違いますけど、似たような旅ですね。ところで今日はどこに?」
私は米沢駅から山のほうに向かった秘境温泉の名を答えた。すると彼はびっくりしたようにこう答えた。
「え?奇遇ですね。私もその温泉に宿泊するんですよ。あそこは冬季閉鎖しないので、この時期の温泉宿と言えばこの辺ではあそこしかないなと思って」
私も驚いた。
「同じ温泉に宿泊する人と、新幹線ではなくてこの各駅停車の、しかも同じボックスシートで相席になるなんて!」
「デジカメも同じだし」
私たちはお互いの驚きのまなざしを見つめながらひとしきり笑った。列車は板谷駅へと差し掛かり、徐々にブレーキがかかってやがて停車した。
「あ、撮影しに行かなきゃ」
私がデジカメをもって通路へ行こうとすると彼が止めた。
「この次の峠駅のほうがいいですよ。板谷駅はスイッチバック部分が見えにくいので撮影に向かない」
すぐに列車は出発し、彼は外を指差しながらスイッチバックの遺構を説明してくれた。私は初めて見るスイッチバック駅の遺構にただ驚いていた。
「同じ一人旅でも視点は全然違うんですね」
「そうですね。十人十色と言うけれど、私の趣味は特殊ですし・・・」
「二人で同じ場所に行っても、全く違う被写体を見ているんですよね」
「今晩の宿でも全く違うものを撮影しているんでしょうね、私たちは」
「それを見せ合ったら旅は2倍楽しいんじゃないかしら」
「そうですね。一人旅もいいけど、二人だったらもっと楽しい」
私はちょっと勇気を出して彼に告げた。
「東京に帰ってからも、あなたの目で見た景色を私に見せていただけますか?」
こちらを真剣に見つめていた彼の目がやがて柔和な表情になり、そして軽くうなずいた。

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