Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story31〜

Mirror

10歳も年下の女性から食事に誘われた。まあ、今までも何度か食事を共にしたことがあったので特に違和感はないのだが、やはり歳の差はどうしても考えてしまう。もちろん彼女にとって私は単なる「オジサン」であって、食事に行くのは「奢ってもらう」ことに他ならないはずだ。私も格別彼女に何かを求めているわけでもなく、ただ楽しく一緒に食事をするだけ。その時が楽しければそれでいいじゃないかと言う感覚であるのは間違いない。

この日、おそらく酒を飲むであろう私のために、彼女がクルマで迎えに来てくれた。ということは彼女のペースでこの後の時間が過ぎてゆく。私は彼女さえ良ければ寿司を食べに行こうと誘うつもりだったが、彼女主導で行くのはそれで楽しい。若い女性がどんな食事を好むのか?知っておくのもいいだろう。
ところがクルマに乗り込んだ私に彼女が告げたリクエストはこんな感じだった。
「今日はちょっと和食が食べたいな。このところ妙に重いイタリアンとか中華が多かったから、さっぱりしたものがいいな」
パスタやフレンチを要望されると思っていた私はちょっと驚いた。
「珍しいね。米が恋しくなったのか?」
「そんなところ。それと刺身みたいなお魚が食べたい。お米とお魚と言うことはお寿司かな?」
「え?実は君さえ良ければ今日は寿司を食べに行こうと思っていたんだよ」
「え〜〜っ!偶然!それなら決まりね。ちょっといいお寿司屋さん知っているから連れて行ってあげる」
彼女は無邪気に笑い、セレクトレバーをドライブに入れてアクセルを踏んだ。
「今日行くお店はね、3年くらい前にできたお店なんだけどなかなかおいしいんだよ。前に父に連れて行ってもらっていたんだけど、それ以来行く機会がなくて」
「ふうん。大きな店なのか?」
「全然!カウンターは5席ぐらいだし、小上がりも2卓しかないお店。夫婦2人だけでやっていていろいろ無理を聞いてくれるんだ」
父と一緒に行った店に私を誘うということは、やはり私は父のような存在なのだろう。残念ながら年齢とはそういうものだ。私は彼女の長い髪を横に見ながらそんなことを考えていた。

しばらく走るとやがて目的の寿司屋に到着した。彼女の言うとおり、10名程度でいっぱいになりそうな小さな店内にはまだ誰もお客さんはなく、私たちは小上がりの卓に案内された。
「お勧めはあるのかい?」
私は彼女に尋ねたが、彼女は
「父にお任せだったからわからないの。でも一品づつ頼んだ記憶はないんだけど」
「じゃあ、お店にお任せしよう」
私はおすすめ握りを2人前と瓶ビールを一本注文した。ほどなくしてビールが届けられ、彼女は「はい」と言いながら私のコップに泡の出る黄金色の液体をゆっくり注いだ。
「父と一緒に来た時も同じように注いだなあ。父はあまりお酒が飲めなかったから、ビール1本で真っ赤になっちゃって」
「なんとなくお父さんと一緒に食べに来ている気分なんじゃないのかい?」
「違うよ。あなたはあなた。父とは全然年齢も違うし、雰囲気も違うよ」
彼女はなぜかちょっと拗ねたようだった。それから私たちは話題を変え、昨今の流行や季節の話題を語り合った。

やがて握り寿司が私たちのもとへと届けられた。私は一目見てちょっとびっくりした。ネタの新鮮さと上質さ、シャリの輝きがちょっと他の寿司屋とは違う。特に脂の乗ったサーモンやマグロは見ているだけでも舌触りがわかってしまいそうなほどつやつやとしていた。
「これは美味そうだ」
私は思わず声に出してつぶやいた。
「でしょでしょ!私、ここのお寿司屋さんよりもおいしいところは知らないの。どんな高級なお寿司屋さんでもここには負けちゃうと思うな。さあ、早速食べなきゃ!いただきます」
彼女は手を合わせると早速寿司に手を伸ばした。私も手を合わせると最初にサーモンを口に運んだ。
「美味い!舌の上で溶けそうだ。これはすごいな」
正直、私も今までかなりの高級寿司店に行ったことはあるし、料亭の寿司なども口に入れたことはあるが、この美味しさはちょっと経験したことがなかった。彼女は私が感嘆している様子を見てただ微笑んでいた。勝ち誇ったように・・・。そして私は正直「負けた」と思っていた。そう、彼女ではなく彼女の父に。

しばらく寿司の美味しさについて語りながらもお互いに箸は止まらず、あっという間に半分ほど寿司を平らげた時に私はふと気づいた。私と彼女は食べるネタの順番が同じなのだ。合わせているのか?と思えばそうではない。どうやら寿司を食べる順番の好みが似ているらしい。
「なあ、寿司を食べるときに好きなものから食べる?それとも嫌いなものから食べる?」
私の素朴な質問に彼女は笑った。
「なんだかお子様ランチの食べる順番を聞かれたような気がするね。私は一番最初に一番おいしそうなものを食べて、その後はあまり考えず、手に取ったものから食べるかな?でも一番好きなものは最後まで取っておくよ」
「驚いたな。私と同じだ。じゃあ一番最後に食べるのは?
「うに」
「うに」
二人同時に叫んだ直後、思わず目を合わせて表情が停止し、数秒後に同時に天を仰いで笑った。
「なんだか思考回路がそっくりだな」
私がひとしきり笑った後にそう告げると、彼女は思ってもみなかったことを言い出した。
「だって、私たち鏡みたいだなと思って今まで見ていたもん。あなたって私とすごく考える順番が似ていて、あなたが「次はこうしたいな」と言ったときに実は私も同じことを考えていることが多いのよ。今日のお寿司もそう、食べる順番もそう。さっきから同じ順番でお寿司を食べているなって私は気づいてた。私は左利きだから、右利きのあなたの食べる順番を見ているとなんか鏡を見ているみたいだって思ってた」
「ほう!そうなのか?鏡ねえ」
確かに彼女は利き手の左手側に醤油皿を置き、私は右側に醤油皿を置き、その反対には寿司があって、皿の上に載っているネタは同じものだ。
「だから一緒にいて気持ちが落ち着くし、楽しいんじゃない?」
「でも、さすがに10歳以上の歳の差があるからなあ」
「それ、ちゃんと私のことを女だと思ってみてくれていたってこと?その逆?」
彼女は微笑みながら眼だけは真剣に私を見つめていた。
「そりゃ、女だと思って意識するよ。私も男だからね。そうじゃなかったら君とも食事に来たりしないかもしれない」
「ならいいじゃない。歳の差なんか関係ないわよ。私はいつもあなたが私のことを子供だと思ってみているような気がしてた。それならそれで仕方ないけど、私はずっとあなたを男だと思ってみてきたわ。だって鏡のようにお互いが分かり合える人なんてそう出会えるとは思えない」
私は目の前にいる彼女が、1時間前に店に一緒に入った女性と同一人物とは思えなくなってきた。それほどまでに彼女は大人っぽく、そして情熱的だった。私はぼやっとしていると飲み込まれてしまいそうな彼女の瞳を見ながらしっかりと答えた。
「そう、君に事が好きだよ。ずっと好きだった。一緒にいると心が休まるんだ。子供だなんて思ったことは一度もない」
それまで真剣な光を携えていた彼女の瞳から徐々に力が抜け、柔和な笑顔が戻ってきた。
「もう遠慮なんかしなくていいからね。あなたの考えていることは私が考えていることと同じだから」

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