Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story32〜

Blue or Blue

「空気が違う」
僕は朝早くに起き出し、ホテルの前にあるプライベートビーチへと降り立った。南国の風が頬をかすめ、さざ波が限りなく白い砂浜に打ち寄せるビーチ。喧騒はまるでなく、ただ波の音だけが聞こえる朝。鼻腔は潮の香りとハイビスカスの香りで満たされ、そして太陽のエネルギーをすべて伝えているかのような熱気が僕を包む。何も考えなくても良い時間、一人だけを楽しむ時間、それを包み込む南国の自然。僕はしばし時間を忘れた。

久しぶりに有給休暇を取った僕は、南の島へ一人旅へと出かけた。昨日の仕事が終わり、最終便に飛び乗ってやってきた日本最南端に位置する島。なぜこの地を選んだのか実はよく覚えていない。強いてあげれば「クルマでも列車でも行けないところ」だったのが選択の理由かもしれない。いつもならば既に会社へ出社してパソコンとにらみ合っている時間、今の僕には電気はいらない、メモもペンもいらない、お金も電話もいらない・・・ただ太陽と風と海があればそれでいい。
2泊3日で楽しむのは「無」の世界。もしかしたら「む」は「む」でも「夢」かもしれない。ならば3日間の「夢」を楽しもう。

ビーチチェアに寝そべって青い空を見、波の音を聞き、風を肌で感じていた僕の非日常をメロディーが遮った。
「しまった。携帯電話を持ってきてしまった」
自然の営みを妨害する音を立ててしまったことに反省した僕は、自分で自分に苦笑しながら電話を取った。
「はい」
「あ、私です」
電話をかけてきたのは私のアシスタントの女性だった。
「どうした?」
「お休みのところすみません。実はクライアントから至急責任者と連絡を取りたいという連絡がありまして・・・」
「残念だがその要望には答えられないな」
「ちょっと電話していただけるだけでいいんですけど」
「駄目だ。僕は今、仕事の道具は何もないし手帳さえ持っていない。かえってクライアントに迷惑だ。まずクライアントの要望くらい君が聞いてから電話して来いよ」
「マネージャー、今どこにいるんですか?」
「君が今電話しているところから1500q位南かな」
彼女は一瞬言葉を失ったようだった。そう、僕は今日の休暇をどこで過ごすのか誰にも言っていない。
「南の島ってことですか?」
「そう。仕事と言う言葉は昨日の夜飛行機に乗るときに忘れた。だからクライアントのことも考えられない」
「でも・・・」
「いいじゃないか。週明けまで僕がクライアントと話さなければ成立しないような仕事は初めから失敗しているんだ。だからまずは君がクライアントの要望を聞いて、それで対処できないという話だったらもう一度相談に乗ろう。でも、僕がクライアントに電話することはない」
「わかりました。じゃあ、私がクライアントに電話して対応します。でも、一つ条件があります」
「なんだい?」
「私が一人で対処できたら、私の願いを一つかなえると約束してください」
「願い?それは何?」
「今は言いません。仕事がうまく行ったら・・・。お願いします」
彼女の最後の声は消え入りそうに小さかった。僕はふっと息を吐きながら答えた。
「いいよ。どんな願いでも驚かないようにする。頑張って」

僕は電話を切った後、午前中はずっとビーチチェアに寝そべって過ごした。ちょっと仕事のこと・・・というより彼女のことが気にかかっていた。突き放してはみたものの大丈夫だろうか?
実はこの一人旅にはもう一つの目的があった。何でも自分でこなしてしまおうとする私の性格では、アシスタントの彼女が育たない。彼女を育て上げるには私がいない、私の助けがない状態を作らなければならないと前から思っていた。だからさっきは必要以上に冷たくあしらってしまった。
「ちょっと厳しかったかな?」
ひとり呟いた僕は目の前のビーチに携帯電話を向け、一枚の写真を撮影した。撮影した写真をメールに添付し、彼女の携帯電話にメッセージを添えて送信した。

クライアントとの話はうまくいきましたか?
話がこじれるようならば遠慮なく相談してきてください。
なぜなら僕の周囲はこんな景色で、時間はたっぷりありますから。

すると彼女から間髪をいれずにメール返信が来た

ご心配には及びません。
先ほどクライアントとは話ができまして、今日のところは落ち着きました。
来週は大変だと思いますが、今はゆっくりとバカンスを楽しんでください。

僕はただ一言、こう返信した。

ありがとう。よく頑張ってくれました。
来週のことは来週考えます。
ところでお願いを聞かなければならないね。
どんな願いかな?

そのメールに返事はなかった。

夕暮れ時になるとこの島には時折スコールがやってくる。スコールの前には必ず雲の流れが速くなり、風の向きが変わる。うとうととしていた僕は、風向きの変化を感じると急いでビーチからホテルへと戻った。結局丸1日ビーチで過ごしたことになる。ホテルの売店でオリオンビールを1本買い、部屋に戻って今日の非日常に乾杯した。ベランダへ続く扉を開けるとひんやりとした風と共に激しいスコールの音が耳に飛び込んできた。僕はスコールの音をBGMにオリオンビールを飲み干した。そろそろディナーの時間だ。

ディナーへ向かおうと支度を整えていたとき、チャイムが鳴った。「誰だろう?」ドアの小さな窓を覗き込んだ僕は驚いてドアを開けた。
「こんばんは」
そこにはアシスタントの女性が微笑んで立っていた。しかも普段見ることのないジーンズにTシャツ姿だ。
「どうしたんだ?何かあったのか?仕事がまずいのか?」
僕は矢継ぎ早に質問した。彼女はちょっと笑ってこう答えた。
「仕事をするために来たのならこんなカッコはしてません」
「でも・・・」
僕は言葉を失って呆然と立ち尽くしていた。
「ここで立って話を続けるんですか?」
彼女は冷静にそういうともう一度首をかしげて微笑んだ。
「ああ」
僕は彼女を招き入れると窓際のチェアに腰かけるよう勧めた。
「私、お願いがあるって言いましたよね。今晩から日曜日まで私を非日常に連れて行ってほしいんです」
「つまり・・・」
「ここに一緒にいたいんです」
「でも、どうして・・・」
「さっき電話で話した時に南の島にいるって言ってましたよね。私、その時に『連れてって』とふと思ったんです。それが私がお願いしようと思っていたことです。でもその後で写メくれましたよね。とても青い空と海、ちょっと悔しかった。私は慣れないクライアントとの折衝で気分はブルーなのに、あなたはこんなに青い空と海の非日常にいる。同じブルーでも全然違う。これは仕返ししなきゃと思った」
言っていることはかなりきついが、彼女は終始笑っていた。まるで子供が悪戯をしている時の顔だ。
「あの写メの画像見て、前に旅行会社のホームページで見た景色だと思ってあの後調べまくったわ。そしてホテルを突き止めて電話してあなたがいることを確かめて・・・というわけ」
「すごい行動力だな。もうアシスタントじゃなくて一人前だな」
「それで・・・日曜日まで一緒にいてもいいですか?」
急に彼女はうつむき加減に僕に尋ねた。その仕草は・・・そう、僕は言葉を出すことができず、チェアを立ちあがって彼女の後ろに回るとチェアごと両手で包み込み、力を込めて抱きしめた。いつの間にかスコールは止み、再び波音がBGMとなって僕たちを包み込んだ。

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