Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story33〜

Twin

日曜日の朝っぱらから携帯電話が鳴った。着メロは「スリラー」。会社関係だ。
「ったく、誰だよ」
あたしは不機嫌に液晶表示を見た。会社の部下、5歳年下の男の子。日曜日の朝から話したい相手じゃない。ちなみにあたしは営業の係長を拝命していて、部下は6人。一応キャリアウーマンってやつを気取ってる。しばらく考えていたら電話が鳴り止んだのでそのままにしていた。仕事の用事ならば留守番電話を聞いて後から電話すればいい。ところが、3分と立たないうちにもう一度電話が鳴り響いた。あたしはマイケル・ジャクソン好きなんだけど、会社関係のグループ着メロにこれを選んだせいですっかり「スリラー」が嫌いになってしまった。
「もしもし。おはよう。トラブル?」
思いっきり不機嫌な声で電話に出た。
「あ、お休みのところ申し訳ありません。今大丈夫ですか?」
「大丈夫。寝起きだってことで頭が回らないけど・・・」
「あの〜。今日って予定ありますか?」
「ん?トラブル?だったらこれから支度して行くけど」
「いや、仕事じゃないっす。俺とドライブしてもらえませんか?」
あたしは一瞬頭の中が空白になった。ドライブ?ってことはどっか行く?ってことはデート?こいつと?いけない、まだ夢の中にいるらしい。しっかりと頭を働かせないと
「何かクライアントに届け物でもあるの?どこ?」
「いえ、そうじゃなくって、俺とドライブして欲しいんです」
いかん、混乱がどんどん広がってゆく。
「何で?」
あたしのこの問いかけは多分このシチュエーションでは最高の言葉だったと思う。
「実は車買ったんですよ、俺。それで昨日納車になったんですけど、係長に乗ってもらいたいな・・・と」
ここまで聞いてようやく趣旨を理解した。もともと乗り物好きでバイクもクルマも免許取ってからすぐに買って乗り回し、時にはサーキット走行をするこのお姉さまに新車のインプレッションを頼みたいというわけだ。でも、あたしにも選ぶ権利があるわよ。ちんけな軽自動車とかだったらもちろん断るつもり。
「新車買ったの?何にした?」
「FIAT500TwinAirなんすけど・・・」
・・・いかん、今、一番気になっているクルマだ・・・でも、こいつとドライブデートか・・・どうしよう
「いいよ。じゃあ何時にどこ行けばいい?」
頭の中での葛藤とまるで関係ないようにあたしの口は滑らかにYesの返事をしていた。条件反射とは恐ろしい。
「あ、俺が迎えに行きます。1時間後くらいに行きますから」
「うん、わかった」
電話を切ったあたしはしばらく動かずにそのままで固まっていた。昔から乗り物に乗るという話があると条件反射で「Yes」と答えてしまうのだ。この癖はいくら大人になっても治らない。それにしてもFIAT500TwinAirとは・・・。あいつもなかなか趣味がいい。
TwinAirエンジンは2010年エンジン・オブ・ザ・イヤーを受賞したFIAT自慢のエンジン。870cc2気筒8バルブターボと言うスペックをもっている。しかも冷却方式は空冷!。ポルシェ911が全水冷エンジンになって久しい21世紀の世の中にあって、1960年代ならまだしも、こんな小排気量の空冷エンジンと言うのが世間の度肝を抜いたのだ。
「あ〜〜、早く乗りたい」あたしは持ち主が誰とかどうでもよくなってきた。とにかくTwinAirを体験したい。

1時間後、再び携帯電話が鳴った。あたしは今度こそ冷静に通話ボタンを押した。
「着いた?」
「はい。マンションの下にいます。お待ちしてます」
今日のあたしは完全に戦闘モードだ。ドライビングブーツにストレッチジーンズ、ピットシャツにフライトジャケットを羽織り、フライトジャケットのポケットにはドライビンググローブが忍ばせてある。
「お待たせ」
と言いながら電話を受けてから30秒も経たずにあたしはFIAT500の横に立った。もちろん運転席側に・・・
「あ、おはようございます。すみません、急に呼び出して。じゃあ、どうぞ」
やつは恐縮しながら運転席側の窓を開けてそう言うと、助手席側を指差した。あたしは一瞬「何で?」と思ったけど、考えてみれば新車だった。いきなり「運転させろ」は言いづらいので、素直に助手席に回ることにした。
「新車買ったんだ。すごいじゃない。しかもイタリア車。いい趣味だね」
ここは思いっきり褒めるに限る。
「前から気になっていたんですよ、FIAT500は。でも今回のTwinAirエンジンが出て、一気に欲しい病が加速しちゃいました」
やつは照れ臭そうにそう言ってサイドブレーキを下ろした。
「行先、俺に任せてもらえますか?思いっきり走らせたいですし」
ん?なかなかわかってるじゃない。
「いいわよ。楽しみましょ」
「はい」
やつはシーケンシャルセミオートマチックのギアを1速に入れ、安全確認すると表通りにFIATを連れ出した。通りに出ると突然アクセルを全開にした。ブロロロロォ〜。突然大排気量バイクのような音を響かせて、FIAT500はその小さな車体を一気に加速させた。あたしは思わずシートに背中を押しつけられた。レブリミットの6000回転まであっという間に達し、2速に入るとさらに6000回転まで!まるでジェットコースターのような加速感。しかし絶対速度はそんなに出ていない。加速だけがすごくてギアをこまめに変えないとスピードが上がらない。
「かなり面白いでしょ」
やつは心底楽しそうな顔をして笑っていた。仕事中にこんな笑顔を見たことはない。こいつ、こんなにイケメンだったっけ?
さらに4速、5速とシフトアップしてもTwinAirエンジンは空冷特有の低いエキゾーストとバイクのようなフィーリングを保ったまま加速していた。あたしはしばし、そのエンジンフィーリングに酔った。
「やっぱり2気筒のフィーリングって独特ですよね・・・・」
横でやつが何か言っていたが、そんなのは耳に入らない。このエンジン音さえあれば・・・。
やがて郊外に出たFIAT500はワインディングに差し掛かった。2速から4速をめまぐるしく使い分けて走るFIAT500のハンドリングもまた、あたしの好みにぴったりだ。
「・・・・してみますか?」
ん?何か重要なことをやつが言ったような気がする。
「え?」
「運転してみますか?」
待ってました〜〜!とは言えないじゃない?そこは少し控えめに
「いいの?新車なのに?」
と聞くあたし。
「運転してみてほしいから誘ったんすよ、俺は」
そう言ってやつは峠の頂上にある小さな茶屋の駐車場へと入って行った。初めからこのコースを考えてあったらしい。やるじゃん!
あたしは助手席を出るとまずドライビンググローブを取り出して両手に嵌めた。そして運転席側に回り、やつと入れ替わった。運転席を出たやつは助手席に回らずにそのままクルマから一歩離れた。
「え?助手席に乗らないの?」
「だって、隣に誰もいないほうが思いっきり運転を楽しめるんじゃないっすか?」
やつはにっこり笑ってそう言った。
「でも、あんたのクルマだし、新車だし・・・」
「いいんすよ。その代りインプレッション、聞かせてください。ここで待ってますから」
「じゃあ」
あたしは言葉に甘えて一人で試乗に出かけることにした。まずは元来た道のダウンヒル。思った通りTwinAirエンジンはターボだけあってエンジンブレーキが甘い。ギアをしっかり落としてブレーキをしっかり踏み込まないとオーバースピードになってしまう。しかし2速を多用してクイックなハンドリングを生かすと面白いくらいキビキビ走る。麓まで降り切ったあたしは再びやつの待つ頂上までヒルクライムを楽しんだ。エンジンブレーキを気にすることなく走るヒルクライムでは、よりこのエンジンの特性が生きる。あたしの足がFIAT500の足になり、あたしの腕がギアになりステアリングになり、あたしは一体感を楽しんだ。
しかし・・・なぜか助手席にいたときに比べてクルマが思い通りに走っていないような感じがする。テクニックとかそういうものではなく、安心感のようなそんなものが足りない・・・・。あたしは胸につかえたものを取り払うことができないままに頂上へと到着した。頂上ではやつがペットボトルのミネラルウォーターを飲みながらタバコをふかして待っていた。
「どうでした?」
やつがゆっくりと歩み寄りながらあたしに答えを求める。
「いいわね。大排気量のバイクの感覚ね。ダウンヒルはちょっとブレーキ多用しちゃうけど、ヒルクライムは全開で行ける」
「でしょう?しかもオン・ザ・レール感覚で安心感があるでしょう」
ん?安心感?それはないぞ〜
「なんなんだろ、安心感は感じなかったなあ。でも君が運転している時には妙な安心感があったんだよね。あたしが運転するとそうでもない」
「まあ、俺のクルマですしね。じゃあ、昼飯行きましょう」
再びやつと運転を代わったFIAT500は、猛然とダウンヒルに挑みかかった。
・・・!・・・
あたしは驚いた。さっきあたしが運転した時よりもブレーキングの距離も短いしコーナーでのスピードも速い!しかも・・・妙な安心感・・・この感覚はなんなんだろう?あたしはやつの足と手の動きをじっくり観察してみたけどよくわからない。
「何を観察しているんすか?」
突然やつが声をかけてきた。
「う〜〜ん。さっきあたしが運転した時よりもスムーズなんだよね。速いし。なんでそうなるのか観察してみた」
「このクルマに乗ってみてわかったんですけど、思ったよりもコーナーでの踏ん張りとかステアリングの手ごたえとかしっかりしているすよ。だからクルマが『もっと信じて突っ込め』って言ってる気がして安心するんです」
「信じて・・・か」
「そう。だって人だってそうじゃないっすか。自分が信じていないやつからは自分も信じてもらえないっす」
「なるほどね。いいこと言うじゃない」
「このTwinAirエンジンの命名の意味って、空冷とターボとか、2気筒とかいろいろ含まれていると思うんですけど、2気筒っていうのが一番の意味のような気がするんすよ。お互いのシリンダーが力出し合ってクルマを動かしているような感じ」
そう話すやつの横顔はやっぱり会社で見るよりも活き活きしていた。
「君、会社でそんな笑顔見せないよね。なんかキラキラしてるよ」
「そりゃそうっす。一番好きな人と一番好きなクルマに乗ってて、しかも俺が褒められてるんですから」
・・・・あ、あたし、そういう展開に弱いかも・・・・
「いつまでもこのクルマに一緒に乗ってもらいたいっす。いろいろな意味でTwinでいたいっす」
あたしは何も答えなかった。やつの笑顔の横顔を見つめていることで「いい」と言ったつもりだった。それが大人の女と言うものよ。信じなさい。

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