Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story36〜

See You Later

夕方と言う時間は人々にとって微妙な時間なのかもしれない。一日の総仕上げの時間帯とも取れるし、明日に向かって準備をするための時間帯とも取れる。その受け取り方は人それぞれだし、曜日により、環境により、様々な心の変化を微妙に映し出すから不思議だ。会社勤めや学校通いの人々は、翌日が休日ならば心浮き立つ気持ちになる人も多いはずだ。逆に休日の夕方で翌日が出勤という人ならば、若干憂鬱になるに違いない。なんでも日曜日の夕方の時間帯に「サザエさん症候群」なる出社、通学拒否症状が出る人もいるらしい。同一人物であってもこれだけ曜日によって心の変化が起こる時間帯は他にないだろう。 

僕たち・・・もちろん僕と彼女のことだが・・・にとっての夕方とは「始まりのとき」だ。お互いに仕事を終えて会うのは夕方から。もちろん世間一般の恋人たちと同じ。なんら変わることはない。ただ、「同じ職場の同じ部門にいる」というシチュエーションだけがちょっと特殊だった。
僕たちの場合、プライベートを仕事に持ち込むことはもちろんしないし、会社の中では恋人であることを周囲には絶対に悟られないように振舞っている。というかそれが自然。お互いに同僚と言う枠でしか相手を見ない。だから会社の中では僕たちは同僚という関係、夕方からは恋人と言う関係、そしてお互いに帰宅してからは個人になるわけだ。 

その日の業務を終えた僕たちは、会社から二つ隣の駅にある広場で待ち合わせた。
「お疲れ!」
先に到着して僕を待っていた彼女に僕は近づきながら声をかけた。
「遅いよ、もうおなかぺこぺこ!」
彼女はちょっとご機嫌斜めだった。確かに急な残業が入って僕は30分ほど遅刻していた。
「ごめんごめん。急にクライアントから問い合わせ入っちゃって、調べて相手に報告するのに手間取った。その代わり、今日の食事はちょっと豪華なもの用意しといた。これで勘弁してくれ!」
僕はちょっとおどけて彼女に謝った。彼女は不満を残した笑顔で、
「食事を見てみないと結論は出せないなあ」
と手厳しい。仕事中の彼女は決してこんな甘えた顔は見せないし不満を表情に表したりもしない。不機嫌な彼女を見ることが出来るのは僕だけ。
「じゃあ、とにかく食事に行こう。ちょっと遠いんだよ」
僕は彼女の手を取ると改札へと向かった。そう、お詫びのディナーは海の見える丘のイタリアンにしたから急がなきゃいけないのさ・・・。 

到着したのは鎌倉だった。江ノ島が向こうに見える丘の上、急な階段を何段も上った先にその店は存在した。階段を上る時に僕は再び彼女の不平不満攻撃にさらされることとなったが、到着した丘の頂上の景色とレストランの佇まいは彼女を黙らせるに十分だった。
「ね、苦労した分だけ報われるのさ」
僕は勝ち誇った顔で彼女につぶやいた。彼女はちょっと悔しそうな顔を見せながらも、自然にこぼれる微笑が我慢できないようだ。
「すごいね、ここ」
太平洋の海岸線、夕日に照らされた江ノ島、静かな凪の時間・・・。高台から見下ろす景色は僕たちを圧倒していた。
「江ノ島は何度も来たけれど、こういう角度で見ることはなかったなあ」
彼女は案内されたテーブルにつくと、ため息をつきながら景色に見とれていた。
「初夏のこの季節だから、会社が終わってから来ても夕暮れまでに時間がある。でも、梅雨のシーズンに夕日を見ることが出来るのはかなり貴重だと思うよ」
「そうね。雨が降ったら台無しかもね。しかももっと暗くなってもダメ。もっと明るくてもダメ。もしかしてわざと遅刻した?」
おっと、思わぬところで彼女の反撃が待っていた。でも、彼女の目は笑っていた。 

たっぷりと1時間ほどの時間をかけて夕食を終えたとき、あたりはすっかり暗くなり、夕暮れから夜へと変化していた。僕たちはこの時間帯が好きだ。一日の仕事を終え、ようやくプライベートへと変化してゆく時間帯。それと共にそれの色も刻々と変わる時間帯。そう、それは僕たちにとって一日の中で最も二人の距離が縮まる時間帯だから。
「今日はもうちょっと一緒にいよう。」
「いいわよ。どこへ連れて行ってくれるの?」
「あそこ」
僕が指差したのはすっかり暗くなって海との判別が難しくなった砂浜だった。彼女はちょっとびっくりした目をして僕を見つめた。僕は片目をつぶって見せ、席を立った。
急な階段を今度は下って行き、丘から降りたころは足元が見えないくらいにあたりは暗くなっていた。僕たちは江ノ電の線路伝いに歩いてゆき、時折海から流れてくる潮の香りを楽しんだ。道端にぽつんと立っていたビールの自動販売機を見つけた僕は、駆け寄って缶ビールを2本買い込んだ。追いついてきた彼女に1本ほうると、彼女は慌てて両手で受け取った。
「ナイスキャッチ!」
僕は声をかけると、自分の缶ビールのプルトップを開けた。
「あ、自分だけ先にずるい」
彼女は受け取った缶ビールを僕に向け、プルトップを引いた。「プシュ〜」という音が聞こえたのとほぼ同時に、僕はビールでずぶぬれになった。僕を見て彼女は大笑いしていた。
「振ったろ」
僕は怒る気にもなれず笑っていた。彼女は首を横に振っている。
「いや、振った。今の君は確信犯的だった」
僕はずぶぬれのまま彼女を追いかけた。彼女は僕に捕まらないようにちょっとだけ本気で逃げ回った。やがて僕は彼女に追いつき、後ろから抱きかかえた。
「頭からかけるぞ」
右手のビールを彼女の頭上に持ち上げようとすると、彼女はきゃあきゃあとはしゃぎながら逃げようともがく。既に僕の服のビールは彼女の服にもかかって、彼女もまたビールを浴びたも同然だった。
「どうするの?これじゃ電車に乗ったら迷惑だよ」
「う〜〜ん、乾くまで待つか!」
僕たちは鎌倉高校前の海岸まで歩き、砂浜に腰を下ろした。潮とビールの香りに包まれながら・・・ 

「私たちって面白いよね」
唐突に彼女が切り出した。今までの話と全く脈絡がない。僕は訳分からずに「うん?」と生返事を返した。
「あ、ごめん。1人の世界入ってた」
彼女は言い訳するように続けた。
「私たち、お互いに朝会社に出社して、会社の中では同僚として過ごしているよね。会社が終わってからはほぼ毎日のように一緒にいて、食事したり買い物したりして、その時は彼氏と彼女だよね。そして夜別れるときには『また明日』って必ず言えるよね」
彼女はここまで一気に話すと一息ついて私の目を見つめた。
「でもさ、『また明日』って言える恋人同士って少ないんじゃないかな」
彼女の言葉を頭の中で繰り返して、僕はちょっと考えた。確かに職場恋愛なのだから毎日会うには違いない。でも同じような恋人同士だっているんじゃないか?
「そうかなあ。恋人同士が職場恋愛だったら、別に不思議じゃないと思うんだけど」
彼女は僕の答えを予期していたかのように口の前で指をひらひらさせてこう言った。
「チッチッ!違うんだなあ。会社で会うのは同僚としての私たちなのに、夜別れるときは恋人同士の私たちが『また明日』って言うんだよ。つまり、恋人同士である私たちが『明日会う』ってことが前提になってる」
「つまり・・・・」
僕の疑問を引き取るかのように彼女は続けた。
「私たちの『また明日』の言葉が意味しているのは、明日会うのが同僚である私たちではなくて、恋人同士の私たちが必ず会うって言うことになるんだよ」
「ふうん、なんだか分かったような分からないような・・・」
それから彼女は必死に僕に説明してくれたのだが、僕には違いが良くわからなかった。感性とかそういう問題なのだろう。彼女はその想いが伝えきれないことに対して悔しいようだったが、やがてあきらめたらしい。僕たちはビールの香りが潮の香りに変わるまで、いろいろなことを語り合い、そして夜が更けていった。
「まずい、終電の時間だぞ」
話に夢中になっていた僕たちは、時間が経つのを忘れてしまっていたようだ。江ノ電の終電に乗らなければ僕たちは帰宅することが出来ない。慌てて砂浜から国道へ駆け上がり、間一髪で最終電車に飛び乗った僕たちは、大きく息をつきながら藤沢へと向かった。
藤沢駅から僕は東海道線、彼女は小田急線に乗り換える。時刻は既に午前0時を回っていた。
「すっかり遅くなっちゃったな」
「でも楽しかったからいいじゃない」
「服、すぐ洗わないと臭い残るぞ」
「うん。じゃあまた・・・・」
「うん。またあし・・じゃなくって『また後で』だな」
何気なく言った僕の言葉に彼女の目が輝いた。
「それ!それよ、さっきの感覚!私たちの『また明日』は『また後で』の意味なのよ。他の恋人ってそういう感覚薄いんじゃないのかな〜」
今度は僕にも意味が分かった。言葉で表現できない『また後で』の意味を・・・。
「うんうん。なんとなく分かる。『明日』じゃなくって『後で』なんだよな」
僕がうなづきながらそういうと、彼女は満面の笑みで背伸びをして僕の耳に向かって囁いた。

「また後で・・・」

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