Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story37〜

Who Must Change ?

人というのはどうしても自己中心で考えがちだ。自分が正しいと思っていても実は自分が間違えていたり、頑張っていると思っていたことが人の迷惑になっていたり・・・。そしてその自分の行いを指摘してくれるのは他人に他ならない。しかし、人というのはなかなか他人の意見は素直に聞けないものだ。だから人付き合いはなかなか難しい。

バーカウンターで静かに飲む酒というのは心が落ち着く。仕事のことも家庭のこともちょっとだけ忘れて一人静かに時を過ごす。バーテンダーとの会話は非日常を感じるための時間。そして酒はリラクゼーションの薬。

その日私はバーテンダーとの会話を楽しんでいた。バーテンダーとは10年の付き合いになる。お互いにこれまで生きてきた事情も性格もわかっている。二人はお互いに様々な場面で意見を交わして生きてきた。仕事もプライベートも分け隔てなく相談しあい、時には厳しい意見をもらい、時には厳しい意見をぶつける。そう、彼は数少ない私のご意見番だった。
「カラン」とドアベルが鳴り、誰かが店内に入ってきたようだ。その人物はスツールに腰かけることなく私の後ろに立ち、いきなり背中を叩いた。
「お久しぶりじゃない。元気だった?」
彼女は私に断るでもなく当然のように横に腰を掛けた。いつものことなので私は放っておいた。彼女には私が何を言おうと聞く耳がないことを知っていたから。この店の常連客。そしていつも一連の愚痴を言って帰る。
「ちょっと、何黙っているの?ねえ、ちょっと元気ないの?」
彼女は容赦なく私の静かな時間を奪ってゆく。私も私と会話していたバーテンダーもちょっと視線を絡ませた。
「ビール貰おうかな〜」
バーテンダーが無言でうなづいた。ビールが注がれる間、彼女の口が鳴りやむことはなかった。彼女の話は大抵仕事の愚痴だ。既に中堅と言ってもいい立場にある彼女はかなりのストレスを抱えているらしい。そして今日もそのストレスは最高潮のようだ。大抵の場合は「贔屓」とか「いじめ」とかそういう話題が多い。もちろん被害者は彼女。正直言って静かな時間に聞きたい話じゃない。
「それでね、あたし結構みんなをまとめようと頑張ったのよ。でも頑張っているのにみんなから責められたのよ、わかる?」
私には彼女が仕事上でどんな責められ方をしているのかよくわからない。具体的なことはほとんど話さないからだ。感情のままに話をする人間は自己陶酔の世界に入っているので、他人に説明するときに具体的なことを話さないのだ。私はここで初めて口を開いた。
「ちょっと静かに。冷静に。ここは会社じゃないんだから。まずはビールを飲んで落ち着きなさい」
ちょうどバーテンダーがビールを持って現れた。きめの細かいクリーミーな泡のビールはこの店の美徳だと私は思っている。
「あ、ありがと」
彼女はグラスを手に取ると「乾杯」と私のロックグラスに勢いよくビールグラスを触れ合わせた。ビールグラスからちょっとこぼれた泡を見て、私は「もったいない」と思った。
「それでね・・・」
彼女は自分の話を続けた。私は仕方なく話の中身を理解しようと真剣に聞いたのだが、やはり状況がよくわからない。
「ひどいと思わない?」
「何が?」
何がひどいのかよくわからない。私は途中からどうでもよくなってきた。彼女の話はどんどんエスカレートしているようなのだが、具体性はまるでなく、私の意見を求めているようには見えない。会話が成り立たないのだ。
「ちょっと、聞いてるの?」
反応をあまりしなくなった私に対して、彼女は次第に怒りはじめた。彼女は私の肩を思いっきり叩くとこう言った。
「私はあなたに意見を求めているのに何で答えてくれないのよ」
もう我慢の限界だった。私の堪忍袋の緒がついに切れたようだ。
「あのね、まず君の話には具体性が全くない。私は君の会社の内部事情は全く分からないし、意見を求めるならまず説明してくれないと。そして君は自分の主張しかしない。私に意見を聞くなら会話が成り立たないと無理だろう。その会話をする気が全く見られない」
「そんなことはない。あたしはあなたに一生懸命説明したつもり。聞いてくれないのはあなたのほう」
私はちょっとカウンターの向こうを見やった。バーテンダーと目があい、お互いに肩をすくめた。
「だからダメなんだよ。君は。会社の中でも自分の主張しかしないんじゃないのかい?相手の表情を見ながら最適な言葉を選んで話しているかい?相手の気持ちを考えながら話をしているかい?私は今日、静かに彼と語っていた。そして今日は静かに酒を飲みたいと思った。すべて君が来てからぶち壊しだ。そのことを君がわかっていてやっているというならばかなり自己中心的な人物だ。わかっていないというならば、それを分かる人間にならなければ問題は解決しない」
彼女は私を睨みつけながら黙って聞いていた。口元には悔しさのような表情がにじみ出ていた。
「何もかもわかったようなこと言わないでよ」
私は目をつぶり、静かに首を振った。
「戦国時代に豊臣秀吉が千利休を切腹させた事件があった。利休は秀吉がに対しても自分の主張を曲げず、率直な意見を言っていたという。秀吉はそんな利休が疎ましく思った。本当は自分に厳しい意見を言ってくれる人ほど大切にすべきところを、思い通りにならないからと言って殺してしまった。利休もまた、秀吉のそういう性格を知りながら自分の主張を曲げなかった。つまり自己主張だけしている人間同士では話も先に進まない。結局はどちらかがいなくなるだけだ」
「あたしが空気読んでないっていうの?」
「少なくともこの場の空気は読めてない。そして私は今日のこの場は私の主張が正しいと思う。だから曲げない。君が考えを曲げないならどちらかがこの場を去るべきだ」
彼女はずっと私を睨みつけていたが、千円札を数枚カウンターに叩きつけるように置くと、無言で店を出て行った。私は振り返ることもせず、声をかけることもしなかった。ただ、ドアベルのカランという音を背中で聞いただけだ。
するとバーテンダーが私の前にすっと立った。
「困ったものですね。マシンガンのように愚痴を言って帰ってしまいました」
「すまん。客を一人失ったかもしれん」
「いいんですよ。悪い人じゃないんですが、他のお客様に迷惑をかけるのはちょっと・・・」
「意見を素直に聞く気持ちや、相手の気持ちを思いやることができなければ自分の成長もできないということだ」
「そうやって私たちはお互いに成長してきましたからね」
「そこの空気が読めなったのが今夜の彼女の敗因さ」
私が空になったロックグラスを掲げると、バーテンダーは素早くラムのボトルを取り出した。

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