Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story38〜

Conductor

新潟から北へ向かう羽越方面の鉄道は、輸送の大動脈から外れていることもあってどうしても不便さが目に付いてしまう。新潟までは東京から2時間ちょっとで到着できるのに、そこから北へ向かおうとすると途端に列車本数も減って所要時間もそれなりにかかる。もちろんそれだけ必要とされていないということもある。特急列車でも満席になることは少ないし、普通列車はほとんどが通学の高校生たちの専用列車だ。
私は早朝の新潟駅でどちらに向かおうか考えていた。西へ向かうもよし、山越えをして東に向かうもよし。あてのない旅なのだから、その時気になった列車に乗ればよい。私はポケット時刻表の地図の部分を見ながらどちらに行こうか考えていた。すると私の居たホームにパッチワークのような鮮やかな色彩の電車が入線してきた。羽越本線の快速「きらきらうえつ」という列車らしい。「快速列車にしては豪華だな」と思ったが、お客さんはほとんど乗り込まない。それもそのはず、この列車は通勤通学のためではなく、羽越本線沿線の観光列車で、全座席が指定席になっているらしい。500円の指定券で乗れるというので、私は急いでみどりの窓口に向かい、指定券を買い求めた。

車内に入ってみると、これがなかなか豪華だ。リクライニングシートが並ぶ客席は少しだけ床がかさ上げされていてハイでっかーになっており、大きな窓と相まって眺望は良さそうだ。デッキ部分にはお土産の自動販売機があり、4両編成の両先頭車には展望席のようにバーチェアが設置されている。中ほどには売店があり、ちょっとした軽食も注文することができる。
「これで指定券分500円の料金ならばもうけものだ」と私は思った。

列車は定刻に新潟駅を発車した。昔ながらの発車ベルが鳴り響き、列車は静かにホームを離れた。発車して間もなく、女性車掌による車内アナウンスが始まった。ここからの到着駅と到着時刻の案内、車内の設備の案内が続く。ここまでは通常の列車と同じだ。しかし、この列車の場合は続きがあった。
「この列車では新潟市内で有名な○○というお店とタイアップし、この列車専用に特別に限定販売されている駅弁が販売されております。この駅弁のメニューはわたくしを含めたこの列車の車掌が吟味を重ねて作り上げました。またこの列車の乗車記念グッズを販売しております。どうぞご利用ください」
ハキハキと滑舌よく案内をする女性車掌の声が相乗効果を生み、私はちょっとその駅弁に興味を持った。観光バスで「右に見えますのが・・・」というアナウンスをバスガイドがよくやるが、それに近い。しかも女性車掌のアナウンスはまだ続いた。
「列車はこれより白新線を経由し、新発田から羽越本線を北上します。地域の名所をご案内しながら参りますので、どうぞゆっくりとおくつろぎください」
私は新潟駅での自分の思いつきに拍手を送りたくなった。なんて気持ちのいい旅なのだろう。
しばらくすると車内販売のアテンダントがワゴンを押して販売にやってきた。私はその有名な限定駅弁を一つ注文すると、3時間に及ぶ乗車時間の間に食べようと、座席の前のテーブルに置いてしばらく車窓に目を向けた。

「次は豊栄、豊栄です。豊栄には・・・」
女性車掌は各駅に停車する前には必ずその停車駅の名所旧跡を観光案内するらしい。次の停車駅は私の苗字と同じ発音をする駅だ。その駅のアナウンスを行う車掌さんの姿を見てみたいと思い、最後尾の車掌室まで行ってみることとした。私が車掌室にたどり着くと、ちょうど車内検札に向かおうと女性車掌が車掌室から出てくるところだった。一般的に車掌の制服は鉄道各社で統一されているはずなのだが、女性車掌の制服は他とは異なる鮮やかなえんじ色の制服だった。それだけこの列車の車掌は特別なのだろうと私は理解した。
「あの、先ほどから車内アナウンスを聞いていて、滑舌がよくてハキハキお話になるので、どんな方なのだろうと見に来てしまいました」
私はちょっと照れくさかったが、その女性車掌に声をかけた。私の想像通り、小柄でショートヘア、背筋をぴんと伸ばしてきりりとした顔立ちのその女性車掌は、ちょっとびっくりした顔をしたが、すぐに笑顔に戻って私にこう答えた。
「ありがとうございます。これでもかなり緊張してまして、今でもアナウンスの前はドキドキしているんですよ」
「いえいえ、堂々たるものです。聞き取りやすいし、何よりもワクワクします」
「そうですか。お客様にそう言っていただけれてうれしいです」
「ところでお願いがあるのですが・・・」
「なんでしょう?」
「実は次の駅、私の苗字と同じ発音をする駅なのです。あなたの放送を車掌室の前で聞いていてもいいですか?」
「え?目の前でですか?」
彼女は面食らったような顔をしたが、ちょっと赤くなりながら
「私のアナウンスなんて恥ずかしいですよ。でも、お客様と同じ苗字ならしっかりとアナウンスしなきゃいけませんね」
彼女はその言葉で「いい」と言っていると私は理解した。
「ありがとう。私は目の前にいないものだと思ってお願いしますね」
なるべくリラックスしてアナウンスして欲しいので私はそう言ってみたが、彼女にとっては迷惑千万なことだろう。
「あ、検札に行ってまいりますのでお待ちください。お客様の切符も拝見してよろしいですか?」
私は自分の指定券を彼女に見せた。白い手袋が優雅に検札スタンプを押す姿を見て「かっこいい」と思った。

5分もすると彼女は車掌室に戻ってきた。乗客は全部で20人ほどいないのだからそんなものだ。季節外れの観光列車でよかったと私は思った。車掌室に戻った彼女は緊張した面持ちで私にちょっと会釈し、 手袋をはずして運行日誌と思われる書類にちょっと書き込みをしていた。一通りの書き込みを済ませると再び手袋をはめ、背筋を伸ばしてマイクを取った。 私はなんとなく「ペンを持つとき以外は手袋は必ずするんだな」などと考えていた。
「間もなく・・・」
次の停車駅アナウンスが始まった。私は展望席のバーチェアに腰かけて彼女の放送に耳を傾けた。駅名、名所案内、お土産案内・・・。放送はたっぷり3分ほどかかった。私が見ているせいだろうか、彼女は2回ほど言葉に詰まり、そのたびにちょっと私と視線をからませておどけて見せた。私はそのたびに「うんうん」と首を上下に振って答えた。
やがてアナウンスが終わり、彼女は私に向かって深々とお辞儀をした。マイクを置いて、両手を前で揃えて・・・。私は同じように彼女に向かってお辞儀をした。お互いにお辞儀を終えて視線が合ったとき、私はガラス越しに「ありがとう」と言って笑いかけた。ガラスの向こうの彼女は白い手袋をちょっと掲げて少しだけ手を振った。

席に戻った私は先ほど買った駅弁を開けた。沿線名産の食材がたっぷり入った弁当は美味しかった。弁当を食べながら先ほどの女性車掌の手の振り方を思い出していた。
「そういえば私は手を振りかえしていなかったな。列車を降りるときには彼女に向かって思いっきり手を振ろう。この小旅行に嬉しいサプライズを提供してくれた彼女にお礼をしなければ。その時こそ彼女はちょっとだけではなくて思いっきり手を振りかえしてくれるのだろうか?」
何時間か後のちょっとした企みにワクワクしながら、私はひとりふっと笑みを漏らした。

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