Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story39〜

Nice Holiday

「あー、せっかくの休みなのに」
あたしは無性にムカついていた。今日から3連休だというのに、よりもよって出張とは!しかも行先は福井県の越前大野。東京からだと米原経由でも越後湯沢経由でも5時間以上はかかる田舎だ。自社工場での打ち合わせなんだけど、なんでも平日だと人が集まらないから土曜日にやってほしいという話らしい。元々自分たちが問題を起こしたくせに、その尻拭いに何であたしが3連休をつぶさなきゃいけないのよ!自分が行きたくないからってあたしに押し付けた課長の顔を思い出すとますます腹が立つ!
始発に近い新幹線に乗
って名古屋へ。そこから在来線の特急で福井へ。乗っている時間だけでも4時間。福井からは越美北線というディーゼルカーに乗って1時間。正直、福井に到着した時あたしはへとへとだった。朝5時に家を出たのにまだ到着しない・・・。福井までの車内で悶々としていたあたしは結局眠ることもできなかった。

そしてこの長旅の最後に乗るディーゼルカーを見たとき、あたしはさらに愕然とした。福井駅のホームの隅にちょっと切りかかれた越美北線の乗り場にいたのは1両編成の小さな車両。バスみたいだ。座席は硬く、ディーゼルカーだからエンジン音がひどい。走り出したら振動もひどいはずだ。とても乗り心地は期待できそうにない。
「なんなのよ、もう。これじゃあ最後まで眠れないじゃない」
あたしはぽつりと独り言を漏らした。もう帰りたかった。帰ってショッピングでも行きたい。本当は友達とアウトレットモールに行く予定だったのに・・・。
あたしはふと視線を感じて前を見た。車内は意外と混んでいて、あたしの座っているボックスシートには他に2人連れの中年女性がいる。その二人が怪訝な顔をしてあたしを見ていた。
「あ、すみません。なんでもないです」
独り言はあたしの癖だ。結構どこでも独り言を漏らしてしまうので、気をつけてはいるんだけど・・・。
悶々としたあたしをよそに、ディーゼルカーは出発した。エンジンがうなり、車体が震える。その音と振動の割に全然加速しない。思った通りだ。前の2人は地元の人のようで、ご近所さんの話題に花が咲いている。どこどこの誰誰の子供が受験に失敗しただの、どこそこのスーパーが安かっただの・・・。あたしはますますいやになって、窓の外にずっと目を向けていた。越美北線は1駅の間がとても短い。1qくらいで次の駅に到着する。ただでさえ遅いのにちょこちょこと止まるディーゼルカーにあたしはイライラしていた。もうちょっと早く走ってよ!

しばらくすると車内放送が「次は一乗谷」と告げた。ん?どっかで聞いたことある。日本の歴史の授業で出てきたような気がする。でも・・・思い出せない。
「う〜ん、なんだっけな」
あたしはまたつぶやいてしまった。すると
「どうしたんですか?」
前の席のおばさんがにこやかに話しかけてきた。あたしはほんの一瞬葛藤した。ここで聞かなかったらずっと思い出せずに悶々としそうだし、聞いてしまうとこのおばさんたちはうるさそうだ。でも、好奇心に勝てずあたしは尋ねた。
「一乗谷って歴史上有名なところだと思うんですけど、なんで有名なのか思い出せないんですよ」
それを聞くと2人のおばさんは一瞬顔を見合わせてからニコニコ笑って代わる代わる教えてくれた。
「一乗谷はね、もともとお城があったところなの」
「戦国時代に朝倉氏という武将がいて、その武将のお城だったのよ」
「織田信長に滅ぼされてからは領地が柴田勝家に代わって、お城を福井市内の北の庄に構えたから町も滅びちゃったのよ」
あたしはちょっと圧倒されていた。だって、あたしは自分の住んでいる地元のことを聞かれても多分答えられない・・・。おばさんたちの講義はまだ続いた。
「一乗谷の戦いの跡地もあるし、山の向こうには永平寺があるし、このあたりは歴史的な遺産がかなりあるのよ」
「越前大野にも大野城があるしね。九頭竜の先の山を越えれば岐阜だから、昔は街道筋だったのよ」
正直、このおばさんたち、すごい・・・。あたしはただただ頷いておばさんたちの観光案内を聞いていた。確かに山間部を走る鉄道とはいえ、川は近いしちょっと広い平野もある。その平野の先には春なのに冠雪した高山がよく見える。戦国時代に必要な守りの地形と進軍の便利さを兼ね備えた地域なのかもしれない。「いい景色ね」とあたしは思った。
「あなた、今日は仕事なの?」
あたしは唐突に質問された。
「はい。大野の工場に行かなきゃいけないんです」
「どこから来たの?」
「東京からです」
「やっぱりね。服装も洗練されてるし、都会の人って感じだもんね。いつまでいるの?」
「日帰りなんです。朝5時に出発してきて帰りは最終電車で家につけばいいかな」
「あら、もったいない。せっかく遠くまで来たのだから観光して帰ったほうがいいわよ。勝山には恐竜博物館とかあるし、温泉もあるし」
「え、温泉もあるんですか?」
「たくさんあるわよ!九頭竜にも保田にも。あ、これあげるわ」
おばさんが差し出したのは地元の観光ガイド誌だった。勝山、永平寺、一乗谷、大野の名所めぐりのためのフリーペーパーらしい。
「あ、ありがとうございます」
ディーゼルカーは美山駅に近づいていた。
「あ、あたしたちここで降りるから。仕事がんばってね」
矢継ぎ早に観光案内をしていたおばさんたちは慌ただしく座席を立った。
「そうそう」
1人のおばさんが振り向いてあたしに向かってこう言った。
「越前大野で降りたら駅の構内に湧水があるから飲んでみなさい。美味しいから。じゃあね」
お礼を言う間もなく、おばさんたちは列車を降りて行った。
数十分前、あたしはこの出張が嫌でたまらなかったのに、今は嘘のようだ。
「そうだよね。この出張をそのまま旅行にしちゃえばいいんだよね」
あ、また独り言を言ってしまった。でも、独り言を聞かれる相手も今はいない。「気ままな一人旅」という言葉がなぜか頭に浮かんだ。

あたしは越前大野駅でディーゼルカーを降りた。駅の先端にはおばさんが教えてくれたように湧水のコーナーがあった。あたしは少し手にすくって口に含んでみた。歯がキーンと痺れるくらい冷たかった。なんとなく「雪解け水なんだなあ」と思った。バッグの中のペットボトルを一気に飲み干し、湧水をペットボトルに注いだ。
「ここに来なきゃ、このお水は飲めないんだよね」
独り言、一人旅、いいんじゃない?

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