Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story41〜

Sunset Memory

自分の背よりも高いサトウキビ畑の間をすり抜けるように走り、突然のように目の前に広がる海を見たとき、俺の気持ちは妙にざわめいた。突然のように広がる空と海、吹きつける東シナ海の風、鼻腔いっぱいに広がる潮の香り、そして荒々しい波の音・・・。かつて最も嫌いだった俺の思春期の象徴・・・。なんで急にここに来る気になったのか?俺にはよくわからない。しかし気持ちのざわめきはなぜか心地いい。

10年ぶりに俺は中学卒業までを過ごしたこの島に戻ってきた。このまま居座るつもりは毛頭ない。俺はこの辺鄙な田舎が大嫌いで、中学卒業と共に全寮制の高等専門学校へ進学し、この村を飛び出した。海とサトウキビと太陽しかない世界は俺にとって退屈なだけだった。
「このままこの村にいてもサトウキビを育てる農家の倅として一生をこの地で暮らすことになる」
ガキの頃から常にこの村を出ることだけを考えていた。小学生のころから村から抜け出しては街へ繰り出した。と言っても所詮島から船で抜け出す時に顔なじみの2,3人に見つかり、俺がどこに出かけたか何て筒抜けだった。そんな狭い世間も嫌だったし、何よりも自分の可能性を制限されてしまうような雰囲気が大嫌いだった。
全寮制の高専があると聞き、俺は「これだ」とひらめいた。村のこの辛気臭い雰囲気を抜け出すにはこれしかない。俺の学力ではかなりの高嶺の花だったが、村を出たい一心で俺は猛烈に勉強をした。おそらくそれまでの人生で最も努力した瞬間ではないかと思う。その成果もあって俺は単願一発で目当ての高専に合格し、15歳でこの村を離れることに成功した。

ところが俺を待っていたのは全寮制の学校の厳しさだけだった。寮と学校の行き来のみに近い毎日。しかも5年間という長い就学期間。村を抜け出しても結局狭い世界に閉じ込められただけだった。俺が考えていた「広い世界」はどこにもなかった。失望した俺は学校に行く気力もなくなり、結局2年で学校を退学した。
退学した俺を待っていたのは厳しい社会だった。いまどき高校も出ていない俺を雇ってくれるところなんてアルバイトくらいのものだ。しかも俺には住む家がない。アパートを借りて一人暮らしなんかできるわけはない。そんな時、俺は高専時代に好きだった機械いじりを生かして、偶然にも住み込みで働ける自動車整備工場を見つけた。若いころに奥さんに先立たれた工場経営者のオヤジさんはかなり高齢で、知識はあるものの自分の手が思い通りに動かないようだった。しかも社員はすべて他のメーカー系整備工場に引き抜かれ、整備工場では細々と毎月4台ほどの整備依頼が来るだけという状況だったが、俺はオヤジさんに頼み込んで見習い期間3か月を条件に雇ってもらった。高卒でもない俺に対してオヤジさんは学力のことでは全く文句を言わなかったが、自動車整備の技術に関しては厳しかった。徹夜でエンジンの組みばらし練習をさせられたこともあった。結局、俺はそのまま正式な社員として採用され、老いたオヤジさんの目と手と足になって整備工場を切り盛りした。俺がいることで徐々に整備に入る車も増え、2年も経つと1か月休みなしということも珍しくなくなった。

もちろん俺が村を出たいと思った最大の理由、広い世界とは程遠かった。でも整備工場が繁盛しているおかげで同世代の倍くらいの給料ももらえるし、住処には不自由しないし、何よりも自由だった。オヤジさんは仕事さえしていれば何も文句を言わない。俺は時折街に繰り出しては遊ぶようになった。村では考えられない生活だった。彼女ができたり、行きつけの飲み屋ができたり、廃車にするクルマを整備して自分のクルマとして登録したり、とにかく楽しかった。
そんな中オヤジさんが死んだ。俺が村を出て10年が経っていた。オヤジさんに身寄りはなく、俺はオヤジさんの葬式を出した。葬式の直後、「債権者」と名乗る人物が弁護士を連れてやってきた。そいつが言うには工場の土地も工場の備品もかつて俺が雇われる前に借金の抵当にとられていて、オヤジさんの死と同時に債権者のものになったのだという。簡単に言えば俺はまた職と住処を失った。そんな俺に街の連中は冷たかった。彼女も去った。飲み屋の連中は俺を避けるようになった。

そこそこの貯金と自分のクルマがあったので、俺はそれから放浪の旅に出た。多分1年くらいは暮らせるだろうという程度の軽い気持ちだった。しかし1か月もすると「自分が帰る場所がない」ことに不安を感じるようになった。
そして・・・気が付いてみると俺は島に向かうフェリーに乗っていた・・・

10年ぶりに乗ったフェリーはやたらと豪華になっていた。観光地として整備され、都会から大勢の観光客がやってくるようになった島は、今や一大リゾート地と化していた。もちろん船員にも船着き場にも俺が知る者はなく、俺もまた1人の観光客としか見られなかった。
船着き場の片隅にレストランを見つけた俺はそこで軽い食事をした。かつては渡し船の待合所しかなかった場所にはショッピングもできるフェリーターミナルに変貌していた。魚介の定食はかつての待合所の食事よりも不味く、値段は倍くらいした。
食事を終えた俺がクルマに戻ると、ドア窓にメモのような紙が挟んであるのを見つけた。ノートの切れ端を破ったような紙には
「午後6時、灯台の前」
とだけ書かれていた。見ると何となく女の文字っぽい。灯台という言葉で俺は一つだけ心当たりを記憶の底に見つけた。俺は紙を手にしたまま周囲を振り返ってみたが、観光客が多すぎて俺の探す相手は見当たらなかった。
「とにかく行ってみるか」
俺はつぶやき、車のドアを開けて乗り込んだ。

気持ちのざわめきをとどめたまま、俺は車を降りて灯台へと向かった。あんなに出たかった村に今俺はいる。しかし俺の気持ちの中にあるのは懐かしさだけだった。フェリーターミナルのような変貌もここにはなく、東シナ海を行きかう船に向かって、灯台は10年前と同じように光を放ち続けている。
ご多分に漏れず、この灯台も観光地として有名になってしまったようだ。夕暮れ時のここの景色は俺の中学生時代、最も好きだった場所だ。当時は人影もなく、よく日が暮れるまでここで友達と遊んでいた。今では子供たちの遊ぶ場所というよりは恋人たちの黄昏の場所だったり、観光客の喧騒の場所だったりするようだ。
まっすぐに灯台へ歩いて行った俺の視線の先に一人の女の子が立っていた。長い髪を潮風にたなびかせ、夕陽を背にしてこちらを向いている。シルエットなので表情はわからないが、その視線は俺を捉えているように見える。俺はまっすぐにその女の子へと歩を進めた。
「わかる?」
シルエットが一言声を出した。相変わらず顔はわからない。しかし俺は遠い記憶のアルバムから同級生を1人探り当てていた。
「おまえか?」
「そこで止まって!」
シルエットは俺があと5mほどに差し掛かったところで叫んだ。俺はちょっとびっくりして言われたとおりに立ち止った。
「近くに行かなきゃ逆光で顔が見えない」
「恥ずかしいじゃない。10年間であたしだって歳とったし」
彼女と俺は小学生からの同級生で家も近所(と言っても1.5q離れていたが)だった。村の小中学校では同級生がたった8人しかいなかったので必然的に俺たちはいつも一緒にいた。
「お前、元気だったか?島を出て行かなかったんだな」
「体は元気だよ。でも10年前から心は元気じゃない」
俺は返す言葉を失った。俺たちは仲が良かったことは確かだが、恋愛感情は全くなかったはずだ。
「勝手に進路決めて勝手に出て行って、10年間音沙汰なしなんてひどいよ」
俺は黙ってシルエットの言葉を聞いていた。潮騒の音が妙にかぶって聞こえた。
「今日だって突然あたしの前に現れてさ」
「すまん。お前に・・・何も言わなかったのは悪かった」
俺は素直に謝った。彼女が俺をどう思っているか?よりも俺が唯一の親友というべき幼馴染の彼女に連絡もしなかった10年間を恥じた。
「あたし、待ってたんだよ。10年前に約束したこと覚えてる?」
忘れるはずはなかった。しかし俺は島を離れていた10年間は忘れていた。進路を決める前に彼女と約束したことを。
「覚えてる。というか思い出した。そうだな。ここで約束したんだもんな」

10年前の夏、俺は彼女と学校の帰りに灯台に登った。海の向こうに見える本島と夕陽がきれいだった。そこでお互いの夢を告白しあおうと彼女が言い出した。
「別にいいじゃん。今の夢だからさ。あとで変わっても!」
屈託なく笑う彼女だったが、俺は言葉でいうのをかたくなに拒否した。
「じゃあ、お互いに紙に書いて10年後に開けるってのはどう?」
そう言って鞄をごそごそとあけて取り出したのはカメラのフィルムケースだった。
「ノートの切れ端に夢を書いてさ、10年後にここで二人で取り出してみようよ」
「絶対に抜け駆けしてみるなよ」
俺は彼女にくぎを刺し、お互いに相手に見られないようにノートの切れ端に夢を書き、フィルムケースに押し込んでふたをした。開けられないように厳重にテープで巻き、さらに灯台の裏手、海側の岩場に埋めた。
「目印がいるでしょ!」
彼女はペンキのスプレーを取り出した。
「まずいんじゃないか?そんなので色つけたら」
心配する俺をよそに
「いいのいいの、裏だから誰も見に来ないし」
彼女は埋めた場所の上に岩を置いて思いっきり黄色のスプレーを噴射した。

そう、あれから10年経った。
「まだあるかな?」
俺は半信半疑で彼女に尋ねた。
「わからない。でも確認する価値はあるでしょ。だから確認してきて」
あたりはかなり暗くなっていた。俺は頷くと踵を返して灯台の裏手に走った。10年間忘れていた罪を償うような気持ちで目印を探した。幸いにも岩場が多い場所なので草に埋もれているということはなさそうだ。そして・・・黄色いペンキの跡のある岩を見つけた。俺は岩をどけ、地面を必死に掘り返した。しかしなかなかフィルムケースは見つからなかった。あたりはだんだん暗くなってきた。もしかしたら深く埋もれてしまったかもしれない。絶望を感じて俺がへたり込んだとき、俺の横からふっと手を差し出された。
「あんたがいなくなった時、このまま約束が風化しちゃいやだから掘り出しておいたんだよ。でも見てないから」
「なんだよ、先に言えよ」
俺はちょっとふてくされながらフィルムケースを受け取った。相変わらず彼女の顔はシルエットで見えなかった。
「10年音信不通だった罰ゲームだよ。それより開けてみてよ」
「お前のは?」
「あたしのはこっち。一緒に開ける」

俺は10年前に確かこう書いた。
「島を出て都会に出て成功して帰ってくる」
実際の俺はどうだ?結局島を出ることしか考えてなくて、行き当たりばったりに生きてきて、結局は住む家もなくここにいる。考えるだけで気持ちが重くなった。
フィルムケースは厳重に包まれていた。俺は丁寧にテープをはがし、そしてふたを開けた。取り出した紙にはこう書いてあった。
「これを10年後に一緒に開けた人と一緒にいたい」
俺は・・・彼女を見ることができなかった。自分のことばかり考えていた自分が情けなかった。その時潮風とは違う甘い香りが俺の鼻腔に広がった。誘われるように振り返るとすぐ横のシルエットがこう言った。
「私の夢はかなうの?」
シルエットの声はちょっとかすれていた。俺はただ黙ってシルエットを抱きしめた。
「ごめんな。帰ってくるわ。俺」

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