Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story42〜

I Meet You 

何もすることがない休日に限って朝早く目覚めてしまうことが多い。目覚めてから考えることは大抵2つ。1つは「もうちょっと寝ようかな」、そしてもう1つは「どっか行こうかな」。どうやら今朝のあたしの気分は後者だったみたい。
まだ夜明け直後の早朝に目覚めてしまったあたしは、布団をはねのけて飛び起きた。窓の外がまぶしい。あたしは窓に歩み寄り、一気にカーテンを開けた。
「う〜〜ん、気持ちいい!」
これ以上ない快晴の早朝、こんな日にどこかへ出かけなきゃソンソン!窓を全開にして外の空気を吸い込む。こんな日は絶対に高原の空気がおいしいはず。あたしの今日の予定は高原ドライブに決定。ここまで目覚めてから5分。行動力があたしの元気の源なのだ。

手早く身支度を整えたあたしは部屋を出て駐車場へ向かった。化粧なんてほとんどしない。だって1人でドライブするのに必要ないない!早くあたしを待っている愛人アルファロメオ147に行かなきゃ。ワイヤレスドアロックを開放すると147はハザートを3回点滅させた。まるで「おはよう」とあたしに問いかけているかのようだ。あたしは声に出して「おはよう」とあいさつを返した。
このクルマを買うときのあたしはちょっと異常だった。雑誌で新型車として紹介されていたときに一目惚れし、翌日にはディーラーをネット検索して店舗に足を運んでいた。その場で契約を交わし、納車まで待つこと2か月。ワンピース1つ買うのに1週間迷う私が、このイタリアの小さな高級車を買うのに迷った時間はほぼゼロ。でも買ってよかったと思ってる。休日の一人ドライブがこんなに楽しく思えるようになったのはこのクルマのおかげだから・・・。
147に乗り込み、エンジンをスタートさせてからは一通りの儀式がある。まずはアイドリングが安定するまで暖気、そしてクラッチの遊びを確認し、ギアを一通り動かす。エンジン始動してから走り出すまで5分、もしかしたらあたしの身支度のほうが早いかも。ギアをローに入れ、あたしはつぶやいた。
「さあ、一緒に遊びに行くぞ!」
アクセルを踏み込むと147はそのエンジン音であたしに答えた。

都心でも10月に入ると空気がひんやり感じる。まして標高1000m級の高原ではその空気は寒いくらいだ。それでもあたしは147の窓を全開でドライブする。空気と風を感じながら音が山々にこだまするエンジンの音を受け止めたいから。青空には秋を感じる筋雲が浮かぶ。「やっぱり早起きは正解」とあたしは思った。
峠へ向かう入口の交差点で信号待ちをしていると、147の目の前を1台のアルファロメオスパイダーが横切って行った。スパイダーもあたしが欲しいと思ったクルマだ。147に比べてもかなり高額なその価格にちょっと二の足踏んでしまって買えなかった苦い思い出がある。そのまま直進するつもりだったあたしは、信号が青に変わると同時にウィンカーを出してスパイダーの走り去った方角へと147を向けた。峠に向かうワインディングは2速と3速を使い分ける中速のコーナーが続く。あたしは自分の持てる力を出し切って147をドライビングし、ようやくスパイダーの後ろ姿を捉えた。あたしも窓全開だけど、スパイダーもフルオープンにして冷えた空気を切り裂いてゆく。ドライバーズシートにはちょっと小柄なドライバーのステアリングを操作する姿が見え隠れしている。スパイダーはあたしの147が追いついてからペースを上げたようだ。コーナーでは小気味よくシフトダウンし、一気に向きを変えて加速してゆく。「かなり上手い」とあたしは思った。この際だからずっとついていっちゃおう!

峠を1つ越え、2台は小さな温泉街に入った。「そういえば今年はまだ温泉に行ってなかったな」とあたしが思っていると、スパイダーは温泉街のはずれにある小さな宿へ入って行った。続いて入るにはあまりにも気が引けたので、あたしはその前を素通りした。そのまま温泉街の外れまで147を走らせたあたしは、街はずれのバス停で147を止めた。なんだか空しいような寂しいような気持ち。目の前からスパイダーがいなくなって、あたしの気持ちの中にぽっかりと穴が開いたようだった。
「そういえば日帰り入浴の看板出てたな〜」
あたしは思い出したようにつぶやくと、147をUターンさせてスパイダーが入って行った温泉宿まで戻った。そして今度は躊躇することなく温泉宿に向けて147のノーズを突っ込んだ。門の構えに似合わず、敷地の中は広かった。そして駐車場にはほとんど車がいない。あのスパイダー以外は・・・。
「ってことはあのスパイダーの人しかお客さんがいないんだ」
あたしはちょっとワクワクするような気持ちで宿の扉を開けた。
「おはようございます」
帳場の奥に向かって声をかけると、女将と思われる和服を着た女性が暖簾を開けて顔をのぞかせた。
「日帰り入浴やってますか?」
あたしが聞くとこう答えた。
「ああ。はい。やってますよ。今はお客さんがいないのでちょっと宿の者が使っておりますがよろしいですか?」
ん?お客さんがいない?ということはあのスパイダーは宿の従業員のものなのか?
「あ、いいですいいです。あたしも温泉ちょっと入りたくなっただけですから」
何言ってんだろ、あたし。
「じゃあ、入浴料は500円になります。タオルはお持ちですか?よろしければお貸しします」
あたしは500円を払い、ありがたくタオルを借りると床が若干音を立てる廊下を露天風呂へと向かった。そこであたしはハッと気づいた。もしかして露天風呂って混浴?ってことはスパイダーの人と一緒に入るの?いきなり?あたしは廊下で立ち止まった。どうしよう。スパイダーのオーナーと話したい、でも行き成り露天風呂か?心の中で葛藤が渦巻いたけど、結局あたしの好奇心が勝った。露天風呂の脱衣所のドアを思い切って開けると、脱衣カゴが一つだけ使われていた。あたしも思い切って裸になる。露天風呂へ続くドアをがらりと開けると、湯煙の向こうで男性みたいなショートカットにした女性が1人、目を閉じて湯船につかっていた。え?女性?
「あの〜、お邪魔します」
あたしが声をかけるとその女性は目を開けてあたしのほうへゆっくりと目を向けた。
「あら?さっきの147の人じゃありません?」
「え?あ、そうですけど」
「あたしの走り慣れたあのワインディングを同じペースでついてくるなんてどんな人かな?と思ってバックミラーで見ていたのよ」
女性はあたしと同じくらいか少し上の年齢に見えた。
「あのスピードで走っていてよく顔まで確認してましたね。あたしはドライバーズシートの後ろ姿を見てすっかり男性だと思ってました。」
「あたしの髪型、こんなんだから。昔から男勝りな性格で、いつも男の子みたいなカッコしていたから」
「実はスパイダーを見つけてついてきちゃったんですよ。この温泉に。
宿の人が入っているだけだって言うからこの露天風呂でスパイダーの男性と二人きりになっちゃうってちょっとドキドキしてました」
「それは女で残念でした」
あたしたちはひとしきり笑った。
「スパイダー、かっこいいですよね〜。あたしも憧れていたんですけど高くて手が出せませんでした」
「そうね。あたしにとっても彼氏みたいなもんかな。スパイダーに乗るときは自分のカッコもちょっと気取って、化粧もバッチリしたりしてね。あなたの147もきれいに乗っているわね」
「あたしにとっても愛人なんです。あの147は」
「それじゃあお互いに人間の彼氏はいつまでもできないじゃない!」
あたしたちはそれから10年の付き合いの友人のように語り合った。女性はあたしよりも3歳年上でこの宿の娘だった。都内で一度就職したのだが、自然のある生活が忘れられなくて帰郷したのだという。そしてこの自然の中で思いっきり走りたいからオープンのスパイダーを手に入れたのだ。あたしはちょっと彼女がうらやましかった。

存分に語り、のぼせ上がる寸前で露天風呂から上がったあたしたちはお互いの連絡先を交換した。そう、あたしたちはアルファロメオというクルマというキーワードで出会い、そして知り合った。そしてこれからも多分永遠に友達でいるだろう。
彼女と彼女の母親である女将に礼を言い、あたしは宿を出て147に再び乗り込んだ。そして147に語りかけた。
「次からはバッチリ化粧して乗るからね」
イグニッションをひねると、エキゾーストがいつもよりも心なしか甲高い気がした。
「喜ぶなよ、そんなことで」
あたしはニコリと笑ってアクセルを踏み込んだ。

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