Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story44〜

Twenty Years After

21世紀に入って10年、世界は大きく変わった。インターネット、携帯電話などのインフラ整備や高速道路、新幹線と言った交通網の整備が進み、今や日本全国どこでも・・・いや世界中どこでも、どこにいても距離と時間を感じさせない世界になった。そしてその世界の発達は、その中で生きる人たちの結びつきさえも変えてしまったようだ。

高校を卒業してから20年、私は高校時代の同窓生と卒業以来全く連絡を取らなくなっていた。別に嫌いだとか嫌われていたとかそういう話ではない。卒業後の進路が違っただけだ。彼らはより高いレベルの大学をめざして勉強を続け、私は合格した2流の大学に進んだというだけのことだ。当時は連絡を取り合うにもお互いの家の電話か公衆電話だし、交通手段は徒歩か自転車。住んでいる地域が5q離れれば「遠い」と感じる世界がそこにあった。

私が同窓生たちと再び連絡を取りあうようになったのは、急激に発達したSNSサービスのおかげかもしれない。お互いに社会人になってから15年を超え、生活に安定が出てきたこの時期に急激に発達したインターネットを用いたコミュニティツールに手を出さないわけがない。そんな中、ふとしたきっかけで始めたSNSサイトに出身高校を掲載したところから、一挙に20年の時をさかのぼる出来事が生まれることとなったのだ。

彼女は高校時代、そう目立つ存在ではなかったように思う。いつもどこかのグループの中にひっそりといて、そう大騒ぎするタイプではなかったからだ。片や私は勉強よりも遊びが好きな典型的「放課後男」で、彼女からすると幻滅の対象でしかなかったに違いない。お互いに近づくことさえあまりなく、お互いがどういう人間なのかよくわからなかったというのが本音だ。ただ、彼女が同級生と話をしている時に「ええっ」っと驚く姿はよく目にした。彼女のあだ名がその口癖から「えっちゃん」と呼ばれていることも知っていた。でもそれだけの関係だった。
だからSNSサイト内で「友人検索」を使って彼女がコンタクトしてきたときには正直顔と名前が一致しなかった。しばらく考えてからSNS内で返答した時も、まだ自分の記憶に自信が持てなかった。でもSNSサイト内でのことだと考えていた私は、時に気にもせず、ネット内での彼女との会話に応じていた。そのうち彼女を通じて高校時代の同級生と何人かコンタクトを取ることができた。しかし、面と向かって会っているわけではない状況では「懐かしさ」のようなものはあまり感じなかったというのが本音だった。
しかし、ある日彼女からネットを通じてある提案が舞い込んできた。
「今度京都に行くから会いましょうよ」

私は高校時代に居住していた首都圏から、遠く離れた京都で仕事に就いていた。別に京都がよかったから選んだわけでもなく、就職をし、転勤をし、いろいろな人生経験をした結果、たまたま今の勤務地が京都になっただけのことだ。私自身、早くなった新幹線と便利になった高速道路のおかげで関東と京都の距離感は全くないに等しい。実際に出張などで新幹線に乗るのは日常茶飯だったし、毎週500q移動するなどと言うのも気にもならない。でも関東から京都に単に会いに来るというのはちょっとビックリした。
「まあ、いいけど」
私は驚きだけで彼女の勢いに押されるままにこう返事した。「こんなに行動的な人だったのかな?彼女」という疑問を持ちながら・・・。

京都駅から徒歩でも行ける距離に東寺がある。新幹線の車窓からも眺めることができる五重塔は京都の象徴だ。私はここの庭園とその池に映り込む五重塔が好きだった。だから彼女との待ち合わせは東寺にした。折しも桜の季節を迎え、春のうららかな陽の光に満ちた午後、私たちの20年を埋める再会のシーンがやってきた。
待ち合わせ時間の10分前、私は東寺の庭園に到着した。「庭園の中で」とだけ約束した私たちはお互いにその服装も特徴も教えていない。しかし私は携帯電話で連絡を取るのではなく、あえて自分の目で彼女を見つけ出そうと心に決めていた。庭園の中を一回りした私は、1人で人待ち顔をしている女性を探した。しかしそれらしき人物を発見することはできなかった。
「まだ来ていないのかな?」
独り言をつぶやいた私は、庭園内で最も五重塔が池に映り込んで美しい場所に戻り、しばし時間を忘れて五重塔を眺めていた。1000年の時を超えて未だに君臨する建造物は幻想的ですらある。
「きれいな形だよね」
突然横から話しかけられて、私は振り向いた。私の後ろに立っていた女性の顔を少し若くして、髪を少し短くして、セーラー服を着せたイメージを思い描く。おそらく数秒だったはずだが、私にとってはえらく長い時間に感じた。
「えっちゃん?」
私は思わずあだ名を呼んだ。高校時代には苗字で呼び合っていたのだが、なんだか苗字の呼び捨てはできず、当時は一度も使ったことのないあだ名が私の口から飛び出していった。
「えっ、私のあだ名、覚えていてくれたんだ」
彼女はニコリと笑うとぺこりと頭を下げた。
「今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとう」
「いやいや、こちらこそ。わざわざ京都まで来てくれるなんて。ちょっとビックリしたけど」
そう言い合って私たちは笑った。20年ぶりの再会、実にあっけなく私たちは高校時代に戻った。
「あっちにちょっとした茶屋があるからそこで話をしよう。わらび餅がおいしいからさ」
私はちょっとだけ京都在住の地の利を生かして彼女をいざなった。

高校を卒業してからのお互いの身の上話は長かった。あっという間だったような気もするし、長い長い時間だった気もする。しかし会社の同僚などと違って何の損得も考えずに話をできる、何の虚飾もなく話をできる空間がそこにあった。同級生と長く絶縁状態にあった私には、その空間が新鮮だった。そこで口を開いていたのはむしろ彼女より私のほうが多かった。私の身の上話を聞いていた彼女は、何かと言うと
「ええっ」
と大げさに驚いた。私はひそかにその驚きの数を指を折って数えていた。やがて彼女はその仕草に気付いた。
「ちょっと、さっきから何数えているの?」
「いや、えっちゃんは全然変わらないなと思ってさ。まずは『ええっ』だろ?」
「あ、その癖は治らないな〜。でも会社でえっちゃんとは言われないよ。高校の時の友達に許された特権だよ、その呼び方は」
私はなぜこの空間が心地いいのか考えていた。そして彼女の言葉の中にその答えを見つけたような気がした。
「人って変わらないというけどやっぱり変わるんだろうな。いろいろな環境で育っていってどんどんその人の人格が作られてゆく。でも本質と言うか根っこみたいなものは絶対に変わらなくて、それって若いころの環境に近いときには現れるもんなんだろうな。」
「何よ突然」
「いや、えっちゃんは会社ではえっちゃんって呼ばれていないってことはさ、『ええっ』ってあまり言わないんじゃないかな。会社の中ではなかなか言えないセリフだもんね。でも高校時代と同じような環境に置かれれば、つまり利害関係もなく、しがらみもない相手と話す時だけはその癖が出るんじゃない?」
「あ、そうかも」
「会社の同僚とこんな茶屋でわらび餅食べたりしないし、大体大人になってから遊びに行くって言っても喫茶店でずっと話しているなんてことあまりないはずだよ」
「そうね。確かに社会人になったらこんなところでずっと話すのは同性だけかもしれないわね」
「つまり僕たちはタイムスリップしたようなもんだってことだね」
私たちはちょっと老けたお互いの顔を見つめて噴き出した。

えっちゃんとの再会から、私のSNSに対する見方が変わった。単なるコミュニティツールから、時空を超えたタイムマシンであると。ただ、SNSの中だけで会話をしている間はバーチャルであることは変わりない。しかしそこから現実として再会、出会いが生まれたときに、時を越え、距離を越えて親密さが生まれてくる。昔の人が成し得なかった環境を現代の私たちは手に入れることができる。バーチャルな世界だけではなく、行動することでこそ現代のツールを生かすことができる。そして人と人は未来へとつながってゆく。それを教えてくれたのは20年前からやってきた私の同級生だった。
 

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