Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story45〜

Window

阪急電車の梅田駅。阪急の本線と言える3つの路線の終着駅。各路線とも3本づつ存在する頭端式ホームに茶色い電車がずらりと9本並ぶ姿は壮観だ。大阪のキタの中心街梅田から、京都、宝塚、神戸へ向かって一斉に電車が発車してゆく。

僕たちは梅田駅9号線ホームから新開地行きの特急列車を待っていた。僕たち・・・つまり僕と彼女は西宮北口に近い大学へ通う学生だ。この日は1限目から授業があるのでいつもよりも早い通学時間となる。ひっきりなしに到着する列車からは、通勤通学客が大量に吐き出され、急ぎ足で改札へと向かってゆく。僕たちは彼らとは全く逆方向へ通学することになるので、ただ到着した電車の前で並んでいればよい。乗車ホームと降車ホームが分離されているので、人ごみに飲み込まれてしまうようなこともない。
「やっぱり1限やとめっちゃ混んでるわ」
彼女が僕につぶやいた。
「そうやね。でも僕らもあと2年したらこういう通勤ラッシュに毎日さらされることになるんやで」
「あ〜、いややわ〜。私は今と同じ方向に通勤したいわ」
地方出身の僕たちは大学入学と共に必然的に一人暮らしを始めるようになった。大抵の学生が神戸や宝塚と言った大阪から遠い地域に住むのだが、僕たちは家賃の安いこともあって茨木と言うところを選んだ。もちろん二人とも借りた当時は全く面識はないわけで、引っ越した時に隣の部屋同士で挨拶を交わした後、入学式でばったり出会った時には本当に驚いた。
初めて住む地域ということもあって頼れる知り合いもいない中、初対面からサプライズだった二人が付き合い始めるまでそう時間はかからなかった。いつの間にか食事も一緒に摂り、出かける時も一緒になり、結果として家賃の節約と言う名目でちょっと広めの部屋を一緒に借りて住むようになった。以来約1年間、この通学ルートで一緒に通学している。
「まあ、逆方向に通勤できれば楽やけど」
「茨木から近い大阪や逆方向の京都や西宮とか三宮で就職探せばええんとちゃうの?」
「そう簡単にいかんやろ。大阪だったら就職先も多いやろうけど、結局地下鉄に乗り換えて通勤せなあかんと思うで」
「私、今と同じ通勤ルートがええなあ」
「そりゃ今のルートは最高やけど」
田舎育ちの僕たちにとって阪急電車は都会の象徴のようなものだ。艶のあるこげ茶色の車体はなんとなく品があるし、内装は全て木目調の化粧パネルで覆われている。座席はモスグリーンのふかふかしたモケットシートになっていてすわり心地がいい。ひとたび走り出すと一気に100q/hオーバーで突っ走り、それでいて乗り心地がいい。確かに阪急電車に乗って、しかも空いている方向に通学しているというのは、関西圏では一番贅沢なルートなのかもしれない。

その間もひっきりなしに電車は発着する。次々と通勤通学客を吐き出しては出発する。ほどなくして僕たちがいつも1限に間に合うよう時間に乗っている特急新開地行きが入線してきた。降車客を吐き出した後、降車側のドアが閉まり、改めて乗車側のドアが開く。僕たちは列の先頭にいたのでドア脇の座席に並んで腰かけた。
「あ、この電車パワーウィンドウや」
彼女が嬉しそうに言った。
「え?そんなんあるんか?」
僕は驚いて彼女を振り返った。彼女はにやりと笑って壁を指差した。そこには白いボタンがある。前から「何のボタンだろう」と気にはなっていたのだが・・・。
「ちょっと動かしてみいな」
彼女に言われるまま僕は白いボタンを押した。プシューという音が一瞬鳴り、窓が静かに下降した。
「ほんまや、なんで知っとったん?」
「学校の帰りにな、このボタンの真ん前で立っとったん。したらな、電車が揺れたときに後ろの人にどつかれて前につんのめったん。そいでこのボタンを思いっきり押してしもうたんよ。そしたら窓がどーんと下降してもうて、今度は閉め方がわからんで難儀したんよ。でも前から気になっとったからなんか妙にうれしくて一人でくすくす笑ってもうた」
「僕も前からこのボタン気になっとったんや。なんか考えることが同じやなあ」
僕たちはお互いに噴き出して笑った。

「そういえばな。前から気になってたことがもう一つあるねん」
「何?」
「あのドアや」
僕はドアを指差して言った。
「阪急電車のドアって全部やないけど窓が下方向に長いやないか。JRや地下鉄はドアの窓が小さいのがあるくらいやし、逆やろ?何でドアだけ窓が大きいんやろう?」
「あ、そうやね。なんでやろ。しかも中度半端にでかいし」
「そうやろ?どうせならもっと大きくすればええやん。たった10pくらい下に伸ばしても意味ないと思うんやけどなあ」
さすがに彼女もこの理由は知らなかった。二人で首を傾げているとやがて発車時刻になり、静かにドアが閉まった・・・と、閉まりかけたドアにランドセルを背負った小さな影が飛び込んできた。息を切らしながら飛び込んできたその小さな影は閉まったドアの横の手すりにしっかりとつかまった。僕と彼女はお互いの目でこう語った「間に合ってよかったね、ボク」
小学校の低学年、しかも私立の制服を着たその少年は、手すりをしっかりと握ったまま、ドアの外に向かってしっかりと踏ん張っていた。梅田駅を発車するときには複数のポイントを通過するので、その揺れに対して踏ん張っているのだ。その姿はまるでランドセルが踏ん張っているかのようでほほえましかった。
「ねえ、ちょっと見て!」
彼女が僕にささやいた。僕が彼女の示した方向を見ると、例の小学生がドアの窓越しに外をきょろきょろと見ていた。
「あの子、電車を見ているのよ」
そんなことは僕にでもわかる。阪急の梅田駅と十三駅の間は京都線、宝塚線、神戸線の列車が同時に発車して3複線を走行する電車マニアにはたまらない路線だからだ。
「わからへんの?」
彼女は意味深な顔をして僕を覗き込んだ。
「何か特別なことでもあるんか?あの子が電車好きだってことやろ?」
「そうやなくて・・・あの子の身長を見てや」
「あっ!」
僕は思わず声を上げてしまった。大きな声だったので周囲の乗客の視線が痛い。
「わかった?」
そうなのだ。小学校の低学年程度の身長では普通の高さの窓だと立っていても外が見えないはずなのだ。しかし、窓が下方向に大きくなっている阪急電車だと小さな子供でも外を眺めることができる。
「そうやったんか」
僕は妙に感心してしまった。本当に子どものことを思って阪急電鉄がドアの窓を大きくしたのかどうかは知らない。でも、そういう心遣いをしていると思おうじゃないか。
「やっぱり私、この電車で通勤できるところに就職したいわ。ええなあ、この電車」
そう言った彼女の笑顔は無邪気な小学生のようだった。

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