Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story46〜

Go Home

出張に行くのが好きだ。元々旅が好きな私にとって、知らない町へ行くことが仕事になるなど、子供のころは考えもつかなかった。但し、かつてのような時間のゆとりはなくなった。新幹線を使い、特急列車を使い、飛行機を使い、最短の時間で旅先に到着する。確かに旅先でご当地の食事や景色に遭遇することはある。しかし旅とはその過程を大事にしたい。それは出張では望めない。

その日、私は午前中社内で仕事をした後で500qの距離を往復する日帰り出張に出た。昼食を10分で食べ終わり、支度をして電車に飛び乗った。新幹線で2時間半、客先に到着したのは夕方だった。トラブル対応と言う出張の中でも厳しい仕事だ。行きの新幹線の車内では書類に目を通して説明を頭の中で組み立て直し、不備がないかチェックする。もちろん景色を見ている余裕はない。新幹線を降りてからは夕方の通学時間帯で混み合う車内で立って過ごす。旅とは程遠い。

客先での仕事はスムーズに進んだ。思いのほか前もって準備した資料が良かったようだ。客先も十分に満足したらしく、予定していた1時間ほどで必要な業務は終了した。そして最後に客先のリーダーからこのように聞かれた。
「ところで本日はお帰りになるのですか?」
「ええ。明日の朝から社内で仕事がありまして、どうしても戻らなければならないのです。」
「そうですか。それは大変ですね。まさにとんぼ返りだ。たまにはゆっくりと夜こちらで過ごされては?と思ったのですが。」
「いえいえ、出張ですから仕方ありません。それに宿泊準備もしておりませんし。」
「わかりました。では次の機会にしましょう。お送りします。」
客先のリーダーは玄関口まで見送りに出てくれた。あたりはすっかり暗くなり、既に闇が深くなっていた。こんなに夜になってからも500qの道のりを移動して今日のうちに我が家に到着できるというのは、まさに現代文明があってこそだ。

「あ、そういえば今日は月と金星が並ぶ天体ショーがある日じゃなったかな?」
彼はそう言って西の空を指差した。西の空には下弦の月のすぐ上に金星が輝いていた。
「この天体ショーを見ながら新幹線で一杯やってください。」
私はこの時、出張を慌ただしいと思っていた自分に対してこう思った。
「私は旅のゆとりがないと勝手に思い込んでいたのではないか?」
と。
ゆっくりと彼の顔を振り返ると、彼はニッコリ笑っていた。
「大変でしょうが、旅ってそういう楽しみ方もありますよね。」
私はこう答えた。
「いいことを教えていただきました。そうですね。こんな天体ショーがある日に新幹線に乗ることができるんですからね。これは役得と思わなきゃいけませんね。
「ハイ。私があなたを呼んでしまったのでこんなスケジュールになったわけですが、結果的にあなたにもちょっとした幸せをお贈りできたわけだ。」
「その役得を十分に楽しんで帰ることにします。」
私はもう一度彼にお辞儀をすると、駅への道のりを歩きだした。もちろん西の空を見ながら。そしてその時こう思った。
「しかも私がこれから向かう家は西の方角だ。ずっとあの月と金星を見ながら帰宅することができる。」
その時、一機の飛行機が西に向かって通過した。その航跡は彗星のように天体ショーに彩りを添えたように彼には見えた。
 

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