Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story47〜

Seat

3年ぶりにこの街に帰ってきた。何となく街には独特の香りがある。その街の文化と言うか、その街の表情と言うか、その街にしかない独特の雰囲気が漂っている。私にとってこの街は故郷のようなものだ。この街でいろいろな経験をし、いろいろな人と出会い、そして3年前に一度この街と別れた。

私はこの街に戻ったら最初に訪れる場所を決めていた。まだ早い時間だったが営業を始めている時間だろう。店の前まで来ると静かなジャズの調べが漏れ聞こえ、控えめなネオンサインが点灯していた。営業している証拠だ。
私は静かにドアを押した。「カラン」という乾いたベルの音色が鳴り響いた。静かな空間に響くベルの音色は実際よりも大きく響く。カウンターの向こうでバーテンダーが微笑んで私を迎えた。
「お帰りなさい」
彼は3年ぶりだというのに驚いた表情を見せない。もちろん心の中では驚いているのだろう。必要以上に表情を変えないのは、店内に彼一人ではないからだろう。そう、私が口開けだとばかり思っていたのだが、カウンターのこちら側には背を向けて一人の女性がいた。
「帰ったよ」
私は一言だけ彼に挨拶を返した。やはり他の客がいるのだから再会を大声で祝うわけにはいかない。バーテンダーは黙ってうなずき、ギネスドラフトを差し出した。すると私の隣から声が聞こえた。
「注文していないのに出てくるのね」
私は一度バーテンダーと視線を絡み合わせ、ゆっくりと振り向いた。
「付き合いが長いので彼が気を利かせて出してくれるのです。最初の一杯は必ずこれなんですよ」
「常連さんなんだ。でも私とは初めてですね」
「このところこの街を離れてましたから。今日は3年ぶりです」
「さっきの『お帰りなさい』はこの街に帰ってきたと言う意味だったのね」
「そう。帰宅したという意味ではないんです」
顔を見合わせて何となく私たちは笑い始めた。3年ぶりのこの街は、私を3年前に引き戻してくれたようだった。
ひとしきり笑い終えると私はバーテンダーに向かって言った。
「何か御馳走しよう。二人に」
彼は黙って頷いて彼女には赤い色のカクテルを、自分にはシングルモルトのショットグラスを用意した。
3人はグラスを触れ合わせることなく、掲げただけの乾杯をした。
「再会に乾杯ね」
彼女はバーテンダーに向かって言った。そして私には
「いつこちらに?」
と尋ねた。
「今日。今」
私はそれだけ答えた。
「この街に到着して最初にここに来たというわけ?」
「そう。自宅よりも先に」
「よほどここがお気に入りの場所だったのね」
「そう。しかもあなたの座っているその席がお気に入りだった」
「あら、それは申し訳ないことをしたわね。でも、なぜ?」
私がバーテンダーに頷くと、彼が私に変わって説明してくれた。
「その席のテーブルの木の形が、腕を置くのに最も適しているんです。他の席に比べて高さとえぐれ具合がいいと常連さんは皆さんその席を争っています」
「そうなんだ。私はかなり常連のほうだと思っていたけど、まだまだいろいろ知らないことが多いわね」
私がその後の言葉を引き取った。
「だから何度も来たくなる。次はその席をあなたより先に奪わなくては」
彼女はゆっくりとカクテルを飲み干すと答えた。
「次にあなたと会った時にはこの席を譲ってあげるわ。今日のカクテルのお礼に」
カランと背後でベルの音が響き、次の来客を告げた時、私はスツールを立った。
「また頻繁に来ることになるからよろしく。シート争奪戦には負けないようにしよう。そのシートは自力で争奪するのが面白いから」
彼女は微笑みながら頷いた。

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