Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story49〜

End of Day

終業のベルが鳴り終わるのを待ち、 僕 は席を立った。これから25分の休憩に入る。残業を始める前に一息いれるのが僕の日課だ。職場のあるビルには自動販売機とちょっとしたスペースのある休憩所がある。西向きに設置されているその休憩所からは、天気が良ければ関東平野の西側の山並みを見ることができる。初秋の季節には夕陽が山並みに沈んでゆく姿をこの休憩時間に見ることができる。僕が一番好きな景色だった。
自動販売機でカップコーヒーを買い、僕は窓際の一番左のカウンターに腰を下ろした。この特等席を確保するには終業と同時にここへ直行しなければならない。今日は珍しく他に人がいない。ゆっくりとコーヒーを口に運びながら、僕は沈みゆく夕陽を眺めていた。

「いつもその席にいますね」
何も考えずに外を眺めていた僕の背後から声が響いた。振り向かなくても声の主はわかる。僕の同僚で庶務を担当している女性だ。
「うん。ここが一番眺めがいいからね」
僕は振り向かずに答えた。
「隣の席ではなくてそこなんですか?」
彼女は腰を下ろすことなく隣に立った。
「理由があるんだよ」
僕は席を立って彼女に席を譲った。
「ここからだとギリギリ夕陽が鉄塔にかからない。隣の席だと山に沈む夕陽ではなくて鉄塔に沈む夕陽になってしまんだ」
席に座った彼女は一度夕陽の位置を確認し、続いて隣の席に移動した。
「確かにそうですね。本当はもっと左に行きたいけど・・・」
「左にはもう席はない」
僕たちは肩をすくめて笑った。
「でも、この高さから夕陽が見られるのはこの近辺だとここしかないと思うよ。これを毎日見られるというのは特権だよね」
「いつも終業のベルが鳴ると、すぐに席を立ってどこかに行ってしまうので『なんでかな?』と前から思っていたんです。だから今日はこっそりと後をつけてきちゃった」
「まるで探偵みたいだね。尾行されたのか!」
「ストーカーじゃありませんから安心してください」
僕たちは再び笑った。
「この場で夕陽を見ることができれば一日の終わり。生活の節目みたいなものだからうれしいんだよ」
「でも実際はこの後残業があったりしますよね」
「それがサラリーマンの悲しさだよね。このまま一日の仕事が終わってくれればうれしいんだけどね」
「仕事の終わりとプライベートの始まりの節目がこの夕陽だったら最高ですね」
彼女は夕陽を見ながらつぶやいていた。
「君はもう仕事は終わったんだろ?早く帰宅しなくていいのか?」
僕が尋ねると彼女はちょっと小さな声で答えた。
「特に用事があるわけではないので」
僕はちょっとドキドキしながら彼女の横顔を見つめた。気が付くと夕陽はすっかり山の陰に隠れて、あとは赤く焼けた空だけが残っていた。
「夕陽のショーは終わってしまったな。休憩時間ももうすぐ終わりか」
何となく言うことに事欠いて、僕はその場の会話を打ち切ろうとした。
「あの、残業されるんですか?」
彼女は前を向いたまま僕に尋ねた。
「いや、あ、やろうと思っていたんだけど・・・」
僕は答えに困った。
「でも、明日でもいいかな。今日はこの夕陽をプライベートの始まりにしようかな」
彼女はこちらに顔を向けようとしなかった。その横顔に向かって僕は続けた。
「君さえ時間があるなら、これから飲みに行かないか?」
彼女は前を向いたまま答えた。
「はい」

一日の終わり、それは仕事の時間の終わりではない。本当の一日の始まりこそが夕陽の時間にやってくるのだ。

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