Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story50〜

Change

「なあ、本当に世の中って変えなきゃいけないのかなあ」
窓際の席でうとうとしていた私は彼のつぶやきで目が覚めた。当然私に対して発せられた言葉なのだから反応しなければならないのだが、あまりに唐突で私はすぐに反応できなかった。
「ん?」
私が間抜けな顔で彼を見ると、彼は真剣な目でスマートフォンの画面を見ていた。どうやら私がうたた寝をしていたことを彼は気づいていなかったらしい。
「ネットのニュースで政治家が『変えなければ!』って叫んでるし、社内でも『変革』だの『革新』だのってやたら言ってるよな。でも、何をどう変えるんだ?俺にはその具体的なことがわからないんだよ。」
急に議論をぶつけられて私はさらに反応できなくなった。
「う〜ん、まあ・・・偉い人の言うことってそんなもんなんじゃないの?」
私と彼は同期で入社して既に20年の歳月が経つ友人同士。今日は取引先への出張で彼と久々に新幹線に隣合せて乗っていた。
「お前、気楽でいいよな。現にバブル崩壊してからずっと景気は低迷してるし、何かを変えないとこのままじゃ俺たちの年金だって出ないんだぜ。」
彼はちょっと怒ったような口ぶりで反論した。これは真剣に話をしなければならない。議論が始まると彼の場合はとことん議論し尽くすまで終わらないことを知っていたから。
「ごめん。ちょっとうたた寝してた。『変える』って話だよな。」
「ああ、そうだったのか。すまん。ちょっとネットニュースに入れ込んでしまっていた。」
「いや、俺も『変える変える』って何を変えるの?どう変えるの?って前から疑問だったよ。何かゴールイメージみたいなものがあって言っているように聞こえないからな。」
「そうだろう?俺もそこが疑問だったんだ。俺たちのオヤジの世代では急速に日本は変わったよな。戦後復興から高度経済成長にかけての20年間はすごかった。それを支えたのが産業界だったわけだけど。」
「うん。確かにこの新幹線だって昭和39年の開業だからな。昭和20年に焼け野原だった日本が、20年経たずにオリンピック招致、新幹線、高速道路、三種の神器、いろいろ変わった。」
「そこで俺は思ったんだよ。今、お前は『変わった』って言ったろ。『変えた』と言わなかったろ。そこの差があるんじゃないか?ってね。」
「なるほどね。確かに。結果的に変わったということか。」
「そう。誰も『何か変えなきゃ』なんて思ってなかったんだ。戦後復興したり、暮らしを便利にしたり、時間を節約したりという必然があって、その結果が『変わった』だけなんだ。」
「考えてみればそうだな。今俺たちが乗っている新幹線も、入社当時は0系で名古屋まで2時間かかってたもんな。今は1時間40分で走ってしまう。飛行機に対抗したり輸送量を増やすにはスピードを上げるしかない。結果として『変わった』ということになる。」
「でもちょっと考えてみてくれ。そのスピードアップは誰のためだ?かつては『国民全員が熱望していた』ことを実現したから発展したんじゃないのか?今は『どこかの誰かに勝つために』実現しただけだから効果が少ないんじゃないのか?」
「そうか!新幹線が開通して経済流通が早くなることを誰もが熱望していた。忙しいビジネスマンの時間を節約し、飽和していた東海道線の輸送力を補完するという大きな目的があった。その利害は提供者と利用者の双方にあった。でも、今は本当にこれ以上のスピードアップを利用者が望んでいるかどうかわからないということだな。」
「その通り。だから『無理やり変える』ことが正しい道ではないと俺は思ったんだよ。」
「しかも『変わった』ことを誰もが実感できなければならないわけだな。新幹線の開業で東海道線は貨物の大動脈に変わって流通に大きな変革をもたらした。ビジネスマンたちは東京と大阪を行き来するのに『切符を取ることから苦しむ』必要がなくなった。」
「そう、『変わり方がみんなにきちんと伝わるくらいの変わり方』だったわけだよ。それくらいの変革でなければ『変わった』とは言えない。」
思った通りの熱い議論になってしまったが、私は彼の言葉に深く引きずり込まれてゆくのを感じていた。彼は続けた。
「だから単純なんだよ。『何かが欲しい』から『金をためる』。『金をためる』には『節約する』。『節約する』から『タバコを止める』みたいにさ。『タバコを止める』が『自分の生活を変える』なわけじゃないか。でも『何かが欲しい』がなければ実行しないよな。その『何か』をもっと俺たち世代が考えなきゃいけないんじゃないのかな?」
「例えば国家元首を国民投票で選ぶとかな。」
「そう。但しそれも『国民投票で選ぶ』が目的ではなくて、『国民の意思を直接政治に反映する』が目的だろ?」
「お前、たまにはいいこと言うな。」
私は冷めてしまったコーヒーを口にしながら彼に言った。
「『たまには』が余計だ。」
彼は笑って続けた。
「もうすぐ名古屋だな。1時間40分じゃ短すぎる。」
「昔は前泊出張だった10時からの会議でも、今は日帰りだからな。」
「スピードアップを喜ぶ声もあるが・・・」
「必ずしもみんなが幸せになっているわけではない。」
私たちは思わず苦笑した。

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