Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story1〜

Spring Wind

春の目覚めはゆっくりとやってくる。
ベッドのぬくもりに別れを告げた彼はゆっくりと窓へ近づき、朝日を浴びたカーテンをゆっくりと開けた。
窓の外には穏やかな春の日差しが降り注ぎ、Alfa Romeoの赤をいっそう引き立てている。
彼はふと「香り」を感じる。窓を開くとそこにはそう、春の香りがした。
春の香りとはどんな香りなのか?
言葉では表現できない風、ぬくもり、そして日差し。
人は誰でもこの香りを知っている。答えは自然だけが知っている。
・・・この香りは何?・・・

彼の思考を断ち切るように電話が鳴る。
携帯電話のサブウインドウには、彼の最も親しい友人の一人である女性の名前が浮き出す。
「はい」
「おはよう。お目覚めというところかしら?」
「ご名答だ。そして『春の香り』について分析していたところだ」
電話の向こうで彼女はくすくすと笑った。
「エンジニア的発想ね。その答えは貴方のその部屋からは見つからないわ」
「僕もそうではないか?と思っていたところなのさ」
「その答えを探しにAlfaで迎えに来る気はない?」
「望むところだが、あいにくモーニングコーヒーを飲みたい気分でね」
「春の香りの答えを見つけてからでも遅くはないわ」
「ではコーヒーは答えを見つけるまでお預けにしよう」

彼は身支度を整えると愛車のAlfaのエンジンをスタートさせた。
10kmと離れていない彼女の住まいへ向かう間、エアコンを切り、窓を全開にして春の香りを感じながら・・・。
途中、ふと窓に薄紅色が飛び込んできた。
・・・桜・・・
夜遅くまで仕事をしている彼の日常では、桜の開花状況など知る由もなかった。
彼は彼女の元へ向かう時間をちょっとだけ遅らせることにした。
国道からそれた運河沿いの桜並木は、「ピンク」とも「ホワイト」とも表現できない微妙な色彩で埋め尽くされていた。
朝の日差しがその色のハーモニーに降り注ぎ、まさに一瞬の輝きを発していた。
そして決して押し付けがましいことはなく、それでいて自己主張のある淡い香りが空気の中に溶け込んでいた。
・・・答えを見つけた・・・
色と香り。いや、香りの色というべきその光景は彼に時間を忘れさせた。

来年も桜は花を咲かせるだろう。しかし今、この一瞬の桜は「今」という時を共有したものしか得られない。
彼はその一瞬を一枚のPhotoに焼き付けた。愛車の赤との対比は、彼の自尊心を大きく満足させるものだった。

チャイムを鳴らすと彼女は優雅な仕草でドアを開けた。
「時間がかかったのね」
「途中で春の香りの主に出会ってね」
彼はデジタルカメラの画像を彼女に見せた。
「これは答えではないわ」
「なぜ?」
「だってこれは『登場人物の一人』に過ぎないものだから」
「春の香りの登場人物か?」
「そう、確かに登場人物としては主役級ね。でも主役だけではドラマは生まれない。名脇役があるのよ」
「わかるよ」
「モーニングコーヒーはお預けね」
「では君に答えを導いてもらおう」
「望むところよ」

助手席に向かって彼は聞いた。
「どこへ向かえば良いのかな?」
「この写真の場所に連れて行って」

桜の木の下で彼女は言った。
「今、私たちがいるこの場所で一番目立っているのはこの桜の木なのよ。でも主役だけ存在してもこの香りは生まれないの。日差しのもたらす暖かい空気、その暖かさによって生まれてくる新芽、土のにおい。それぞれが全て自己主張して初めて この桜は引き立つの。人工的なアスファルトや車の排気ガスの臭いだって、この春の香りの一翼を担っている」
「つまり、僕は主役だけを見ていたわけだ」
「そう、主役はとても気高い。でもこの美しさは一瞬で失われる」
「脇役たちがいてこそ引き立つというわけか」
「存在する時間が短いほど、希少価値と存在感が生まれているわけね」
「主役だけの映画はありえない・・・か」
「主役だけに目を奪われてはダメ。人生も同じこと」
二人はゆっくりとうなずき、Alfaに乗り込んだ。

今朝のドラマは桜が主役、彼と彼女はシーンの脇役。
小道具はAlfaとモーニングコーヒーというところか。
主役はどこの世界でも目立つもの。
全開にした窓から、春の風を受けている彼女の横顔を見ながら彼は思った。
「君と毎日モーニングコーヒーを飲もう。僕たちが主役の人生というドラマを演じよう。名脇役はモーニングコーヒーさ」

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