〜Story21〜
Sun Set Memory
東に向かう高速道路は闇に向かって行く錯覚にとらわれる。
夕陽は背中から追い立てるように光速で追い越してゆく。
焦燥は不思議と感じられないが、陽射しの中に痛いほどの太陽の視線を感じる・・・。
午前中に降り止んだ雨の影響か、両側に立ち並ぶ木立は全て陽光を照り返して光り輝いている。
そしてその香りは、木々があたかも呼吸しているように道行く人々を誘う。
[自分は生きている。呼吸している]
と叫んでいるかのように。
彼はク−ぺフィアットのウインドウを開けた。
その木々の香りが直接車内に入り、室内は自然のオーデコロンで満たされる。
窓を開けてから彼の運転がすこし変化した。
追い立てられる感覚が和らぎ、スピードを落として車線を変えた。
[この香りをすこし満喫しよう]
カーステレオのボリュームを絞り、外の音に耳をそばだてる。
無論、100km/hで巡航する彼の耳に聞こえるものは空気を切り裂く音だけ。
でも、彼は五感で全てを察知していた。
この夕暮れの太陽の光
この木立の息吹
この空気の流れ
この香りの深さ
やがて陽光はその日最後の輝きを発して西の空に消える。
彼はクーペフィアットのミラーの中に、その日の主役の一人が消え去るのを確認した。
その瞬間、今までハーモニーを奏でていた空気、息吹、香りが一瞬にして変化し、あたりは急速に闇に包まれてゆく。
あれほど主張していた木立の息吹も今は感じられない。
[これが自然というもの]
この日の最後の陽光が彼に教えてくれた一つの自然の営み。
陽光がなければ木立は呼吸しない。
木立が呼吸しなければ香りは生まれない。
陽光がなければ空気は冷めてゆく
空気が冷めてゆけば香りは伝わらない。
彼は記憶の隅に刻み込んだ。
やがて彼はウインドウを閉め、東に向かってアクセルを開けた。
メニューへ
|