Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story3〜

芸術がそこにある

クローゼットを整理していると思わぬものが見つかったりする。遠い昔に忘れ去れらたようなもの。そして久しぶりに出会った過去からの使者は、懐かしい時代を思い出させてくれる。

僕がクローゼットの奥のダンボールを開けたのはただの気まぐれかもしれない。ただでさえ夏の暑い日に荷物整理しようなどと思うことはありえない。しかしそのダンボールが目に留まった瞬間「開けなければ」と言う衝動を抑えることが出来なくなった。
ダンボールの中身は30年前のLPレコードがびっしりと詰まっていた。道理で重いはずだ。最後に針を落としたのはいつだっただろう?今ではそのレコードの奏でる音楽を聴くためのプレーヤーもない。忘れ去られた過去の遺産。つまり不要なもの。

捨ててしまう前に確認しようと思い、僕はLPレコードを一枚づつ手に取った。このアルバムを聴いている頃は?このアルバムを買った頃は?不思議なくらい鮮やかにその時の光景が思い出される。一枚ごとに浮かんでくる記憶に、僕はしばし時間を忘れた。

あるアルバムを手に取った時、そのアルバムが先日若くして亡くなった日本を代表するニューミュージックのミュージシャンであることを思い出した。当時はそのミュージシャンのファンでも何でもなかった。ただジャケットのデザインに惹かれて買っただけだ。今でも「ジャケ買い」と言われる買い方だ。
しかしそのレコードを買ってから僕はこのミュージシャンに惹かれた。そしてこのアルバムのジャケットを描いた画家にも興味を持った。ミュージシャンのレコードも、画家のポスターもたくさん買った。レコードからCDにメディアが変化しても、買い続けていたから同じタイトルのアルバムをCDでも持っていたりする。

僕はこのアルバムを手にしたことで、レコードを捨ててしまうのが惜しくなった。CDのジャケットも同じ絵柄ながら、その存在感が全然違う。そう、ジャケットそのものが絵画として、インテリアとして芸術を主張している。こんな芸術品を捨ててしまうなんて!
アルバムを持ったまま僕は部屋の一角、展示スペースとして使っている棚の前に立った。そのアルバムをただ立てかけただけで、心の奥深いところに音楽が鮮やかに蘇ってくる。ただそこにあるだけで芸術。

レコードの第2の人生を見つけたようで、僕は思わず笑みを漏らした。

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