Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story26〜

Another Way

その日に限って電話で彼女はこう言った。
[たまには迎えに来てもらわずに待ち合わせをしましょう]
彼は郊外の喫茶店へと愛車を走らせた。
彼が待ち合わせ場所の彼女の家からほど近い喫茶店に着くまで、彼女は散歩がてらゆっくりと歩いているに違いない。
春を感じ始めたこの穏やかな風の中での散歩は気持ちよいだろう、と彼は思った。
彼もまた、その春の風を感じるように愛車の窓を開けた。
北北東の風から南南西の風に徐々に風向きが変わってくると、陽射しは暖かさを増し、頬に当たる風もまた、優しさを帯びてくる。
彼はこの季節の移り変わりが好きだった。幼少のころからこの季節になると新しい何かが起こる予感がする。新学期、新入生、桜、制服・・・・
全てのものを新しくする春の到来は、気持ちまでリフレッシュさせてくれるようだ。

待ち合わせの喫茶店の前で、彼はあるものを発見した。
彼女の車がある
5年前、彼が今の愛車を手に入れたのは彼女の進言があったからだ。
「あなたにはイタリアの自動車が似合う。なんとなく子供の心を忘れない感じが・・」
彼が今、ステアリングを握るのはアルファロメオ。最新型というわけではないが、5年が経過した今も彼は大切に扱ってきた。時には彼女よりも・・・。

そして彼女は3年前に今の愛車を彼の進言で手に入れた。
[君にはキビキビと走るフランスの小型車が似合う]
彼の前にまさに今いるのが彼女のルノー。1400ccとは思えない軽快な走りを見せる。
女性にしてはかなり長身の彼女が、この車のステアリングを握り、5速マニュアルを自在に操る姿を見ながら助手席に座るのもまた、彼は好きだった。

彼はルノーの横にアルファロメオを停め、ひとしきりルノーを眺めた。
[なぜ、彼女は車できたのかな?]
ちょっとした疑問が彼の中で膨らむ。首を傾げつつも彼は喫茶店に入った。

[待たせてしまったかな?]
[いいえ、時間を計ってきたから大丈夫。コーヒーはまだ冷めてはいないわ]
[なぜ?車で?]
[それは後にして、先にコーヒーを頂きましょう]
彼はブラジルを注文した。自家焙煎のこの喫茶店のコーヒーは彼と彼女のお気に入りだった。

[今日はツーリングしましょうよ]
[2台で?]
[そう2台で]
[ふーん、初めて・・かな?]
[そうよ。必ず私たちの車はどちらか1台で走っていた。2台で一緒だったことはない。お互いに助手席か運転席にいて、いつも同じ空間を共有した」
[今日は別の空間を共有しようということかな?」
[そう、これからは・・・]
彼は一瞬言葉に詰まり、彼女の言った言葉を反芻した。
[つまり・・・これからは一緒に乗ることはない、と?]
[別の道を進みましょう。なぜか?は貴方が一番良く知っている」
[必要なのはお互い別のものだと言うこと・・かな?]
「そうね。私はルノーを買って3年、貴方はアルファを買って5年。この車たちが強烈過ぎた。この車たちはもはや私たちの恋人。貴方とは別れられても、ルノーとは別れられない自分がいる」
[言われてみるとそういう気がする]
「だから・・・」
[別の道か?」
彼らは穏やかに笑いあった。
「じゃあ、車を売ってしまおうか?」
彼は提案した。彼女はちょっとはにかんだような表情でこう言った。
「そんなの、悲しいじゃない」

コーヒーを飲み干した彼らは、お互いの愛車に乗り込んで夕焼けの街へと走り出した。
時に隊列を入れ替えながら、ひとしきりツーリングを楽しんだ彼らは、やがて川のほとりの分岐点に差し掛かった。
彼の携帯電話が鳴る
「ここで別れましょう。貴方は左に、私は右に」
[これからは別の道を進むと言うことだね]
[寂しくなったら車を思い出すわ]
[残念だ、僕を思い出してはくれないのかい?]
[そう]

春の日は新しい何かを運んでくる。
今年の春はちょっと苦い[新しいもの]になっちまったな
彼はそう思いながら夕陽に向かってアクセルを開けた。
多分、これが転機というものであろう、と思いながら。

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