Bloody's Tea Room Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ 2018/02/18 15:32更新
当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。 読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください。
〜Story27〜
Fight! for Me
彼女を取り巻く環境は最近激変している。結婚、退社、転職・・・。 人生で最も多忙と思われるこの半年間を振り返ると、時の経つのがまるでジェットコースターに乗っているかのような錯覚にとらわれる。 その全ては必ずしも彼女にとってプラスに作用したとは言えない。 人は変化に対し弱く、変化することによるストレスが、自分のリズムを狂わせる。 彼女にとってすべての変化は、全て彼女の未来を広げるはずのものであった。 物事の理想と現実・・・実際はそうはうまく行かない。 他人同士が一緒に暮らす結婚。 慣れ親しんだ仕事を離れ、一から学ぶことを要求される転職。 そして職場に向かう通勤経路の変化。 彼女は疲れていた。 その夜、彼女は仕事の帰りに疲れた足取りで行きつけのレストランバーのドアを開けた。 カウンターではマスターが彼女の帰りを迎えてくれる。 [お疲れ様でした] [疲れました。まずはビールをいただけますか」 彼女は冷えた生ビールを一口含み、ほっと息をはいた。 仕事の帰りに直接家に帰ることは、彼女にとって日常から脱することが出来ないことを意味している。ここでのロスタイムは彼女にとってのリラクゼーションタイム。 彼女はこのひとときによって日常のストレスから開放され、再び元気を取り戻す。 ほどなくしてドアが開き、レストランバーで良く見かける一人の男性が入ってきた。 [おはようございます] 彼は彼女に常連同士の気軽さで隣のスツールに腰掛けながら挨拶を交わした。 [マスター、いつもの] 今日の彼はいつもの服装とは違っていた。スーツにネクタイというビジネスファッションではなく、タイトシャツにジーンズ。彼女はちょっと驚きながら聞いた。 [お仕事はどうされたのですか?] [今日は休みました。だってこんな小春日和に仕事なんてしていられない」 [え?] 彼女は笑った。 [と言うのは実は嘘でして、前から計画的に休みを取っていたのです。このシーズンは桜が綺麗でしょ。だから写真を撮るために必ず毎年休みを取るのですよ] [どんな写真を撮るのですか?] [まあ、主役は桜なんですが、自分の車との対比で」 そういいながら彼はデジタルカメラを取り出した。 [今日は一つ発見したのですよ。桜はピンクと言うか赤系統の色でしょ。でも赤い車にちゃんと映り込むんです。ボディの赤に移りこむのはピンクの花ではなくて陽射しからでてきた影なんです」 彼は一枚の画像を彼女に見せた。 確かにボディーよりも薄い色のはずの桜が、ボディーより濃い色として映り込んでいる。 彼は続けた [そう言う発見って気をつけてないと出来ないし、そういう時間を作るって言うのは自分にとってのストレス解消法なんですよ] 彼女はその言葉を反芻しながら自分の日常を振り返っていた。 確かに最近の彼女は日常生活の激変に振り回されていたと思う。激変していたのは環境であって自分自身ではない。自分は自分だ・・と しばらくたって彼女は言った。 [私は最近ここに来て愚痴ばっかり言っている気がします。それはおそらく機械的な日常生活に疲れているからだと思います。それでは成長しませんよね] 彼はゆっくりと首を振った [愚痴って言うかストレスでしょう。ストレスは体に溜めてしまっては健康に良くない。酒瓶に吐き捨てるくらいがいいんです。それも立派なストレス解消法です」 「なるほどね。私ってネガティブに考えすぎかしら」 「そうですよ。今と言う時間を楽しく生きないともったいないです」 [そうね、では手始めにこの写真を撮ったところに連れて行ってもらえますか?」 [お安い御用です。いつ?」 [今!だって時間は有効に使わないと!でしょ?」 彼らはひとしきり笑った。 「では行きましょう」 夜の更けた郊外の公園はさすがに人もいない。 桜並木は夜空を白く染め上げるように、その存在を主張していた。 [昼間見た雰囲気とはまた違うのですよね] [ええ、昼間はもっと・・・そう、迫力と言うか色彩が強かったように思います」 [夜はなぜこんなに幻想的なのかしら] 「その答えは僕のような単純なやつにはわからない」 [単純な人は会社休んで写真撮りに行ったりしませんよ] 二人はお互いの顔を見て吹きだした。 彼女は笑いながらこう言った [私、こういう時間が欲しかったのだと思います。自分にとってブレーキをかけるような時間。回りの変化についてゆけないと感じるのは、周りが動いていない空間が欲しかったのだと思いました。実際にこの時期にこんなに桜が咲いていることさえ気がつかないくらい周りが見えていなくって、それだけ目を配ることが出来なかったのだと思います] [毎年桜は開花するけど、その年の桜はその年しか見られないし、我々の人生を70年だとすれば70回しか見られない。そのうちの1回を棒に振ったらもったいないと僕は思う」 [私、自分に対して『がんばれ』と言いたい気分です。桜の花が勇気をくれたかな?」 しばらく桜の下で会話を楽しんだ彼女はやがてこう言った。 [さて、そろそろシンデレラは現実の世界に戻らないと] [送りましょうか?] [いいえ、家までの道のりを春の夜更けを楽しみながら歩きます」 「では、気をつけて」 彼女はゆっくりと歩き出した。 彼は黙って桜の下で手を振って後姿を見送った。 後方から風がさっとなびき、桜の花びらが彼女を追い越していった。 ♪早く元気出して、あの笑顔を見せて♪ 彼女はふっと立ち止まり、この歌を口ずさんでこう思った。 [桜が私に対してこう言っている。『Fight!』] 一瞬こぶしを握った彼女は微笑みながら再び歩き始めた
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