Bloody's Tea Room Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ 2018/02/18 15:32更新
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〜Story30〜
Dreams Come True
「レインボー」 彼女はスツールに座るとバーテンダーに向けてこう言った。 「かしこまりました」 バーテンダーはロンググラスを取り出し、7つのリキュールを並べた。 バーテンダーの手つきは繊細に、少しずつ、息を詰めて徐々にカラフルな液体を注ぎ込む。 彼女はその間、ずっとバーテンダーの指先を見つめていた。 最後の一滴を注いだ瞬間、彼女は大きく息を吐いた。 「お待たせしました」 バーテンダーは彼女の前にこの鮮やかなカクテルを置いた。 彼女はグラスをとるでもなく、口をつけるでもなく、ただただこのグラスを見つめていた。 やがてバーテンダーが声をかけた。 [お飲みにならないのですか?」 彼女は笑ってこう言った。 「このカクテルは飲むものではないのでしょ?」 「いいえ、一応お酒ですのでお飲み物としてお出ししたつもりです。但し、味的には美味しいとはいえないカクテルですが」 「そう、だから鑑賞しているのよ。お酒は見て鑑賞するものがあってもいいと思うわ」 「では、見て鑑賞なさるお酒のほかに、なにかお作りしましょうか?] 「そうね、カウンターに座ってただ見つめているだけの客というのはおかしいものね。ではマルガリータを」 「かしこまりました」 やがてバーテンダーは鮮やかにスノースタイルのグラスに白い液体を注ぎこんだ。 「お待たせしました」 彼女はまたしてもグラスに手を触れようともせず、鑑賞していた。 バーテンダーはちょっと気になって彼女に尋ねた 「なにかあったのですか?」 「私ね、スノースタイルのカクテルグラスが好きなんです。だからマルガリータを頼んでみたの。白という色の微妙な違いに見とれてしまったわ」 「鑑賞するお酒、なんですね」 「実はね、レインボーにしてもマルガリータにしても、どちらも飲み始めたとたんにその美しさが崩れて行ってしまう。それが現実でしょ。ずっとこのままでいられたら、それは夢のままでいることが出来るような気がするの」 「そうですね。飲み始めると最初の美しさは損なわれる。でもそのはかない美しさが良いのではないでしょうか?私はカクテルを作りながらはかない夢を提供するに過ぎないとは思っておりません。お客様が夢を見て、いずれはその夢を超えるすばらしい現実に出会うと思っています」 彼女はバーテンダーの言葉を反芻しながら思った。 この街に来て、この街で夢を見て、この街で挫折して、この街を出てゆこうとしている自分の人生を。 自分は夢を見続けているだけなのではないか? 夢が夢のままでずっと美しくあってほしいと現実逃避していないか? 現実に立ち向かう勇気が足りないのではないか? 出てゆくことは逃げることではないのか? 夢を置き去りにしてゆくだけなのではないのか? 彼女はふと目の前のカクテルグラスに手を添えた。 レインボーは手で持ち上げてもその美しさを損なわなかった。 少しずつ、彼女はレインボーを口にした。 その7色の輝きは損なわれることなく徐々にその層を減らして行き、最後に彼女は一気に飲み干した。 「美しくお飲みになるんですね」 気がつくとバーテンダーが彼女を見て微笑んでいた。 「夢を飲み込んでしまおうと思いました。自分で消化しないと夢なんて実現できませんから」 彼女は目を輝かせてこう言った。 「いつも夢ばかり見ている自分がいて、現実とのギャップに苦しんで、それでも夢を夢のまま守ってきたと思っていました。でも、夢は追いかけてその末路を見なければダメだと気がつきました。」 「マルガリータもお召し上がりになりますか?」 「ええ、もちろん」 彼女はマルガリータに手を伸ばすと一気に飲み干した。 「夢は必ず実現します。立ち向かうことです。」 「そうですね。私も立ち向かいます。逃げないことに決めました。女だって決めたときには強いんですから」 「応援します。女性の方がむしろ立ち向かう強さは強いと私は思う」 「また来ます。くじけそうになったとき、思い出したいから」 「お待ちしてます」 彼女が去ったスツールには一部だけ塩の欠けたグラスが残った。 そのグラスにはかすかな口紅の跡が残っていた。
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