Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story36〜

I Missed the Train

真夏、彼らは北へ向かっていた。都会の喧騒を離れ、涼しさと安らぎの自然を求めて。
日本の景色は美しい。渓谷へ向かう国道は緑と水に囲まれ、快適な風が車内に流れ込む。
エアコンはいらない。そしてスピードも必要ない。目的地にまっしぐらに突き進むのはもったいないほど、自然の恵みは彼らを包み込んだ。

彼女は彼に聞いた
[今日はどこまで行くつもりなの?]
[ガソリンの続くまで]
彼は気がつかなかったが、この時彼女はちょっとした憂いの表情を見せていた。
[今晩の予定は?]
[わからない。気の向くままさ。この自然の中をずっと走りまわるのも悪くないだろ?」
[ええ、そうなんだけど、私はゆっくりと休みたいわ。だって車で走りっぱなしじゃない」
[こんな天気のいい日に山の中で大自然を堪能できるなんてそうない経験だぞ。もっと楽しまなくっちゃ」
彼女はちょっと首を振った。彼はその仕草に気がつかなかった。

渓流沿いの国道は徐々に平野から山に向かって進み、同じく渓流沿いを進むローカル線と時に川沿い、山沿いを入れ替えながらやがて大きなダムの近くへと差し掛かった。
ダムのほとりには小さな公園があり、入り口に当たる細い路地にはローカル線の駅名が記されていた。
彼は公園の駐車場へと車を進め、駐車場の先端で止めた。
[なんて空気が澄んでいるんだろう」
彼は車を降りるとそう言って彼女を見た。彼女は黙って水面を眺めていた。
[どうしたの?]
彼女の微妙な表情を見て取った彼は彼女に尋ねた。
[気分悪くなったのかな?それとも疲れてしまったかな?」
彼女は一息はいて彼に答えた。
[あなたはいつも私のことを見ていないわ]
[・・・どういうこと?]
[今日はあなた1人の旅ではない。私が一緒だということをどこかに忘れている」
[そんなことはないよ。実際に君といると楽しいし、今日だって君とだからこの自然の中を堪能できる」
彼女はゆっくりと首を振った。
[いいえ、あなたはこの自然の中をあなたのアルファロメオと楽しんでいるだけなのよ。メインディッシュは自然と太陽。デザートはワインディングだわ。私はパセリのようなもの」
彼は困惑していた。今まで何度も彼女とはドライブしてきた。このように指摘されるのは初めてだった。
[違うよ。君にこの景色を堪能させてあげたかった。君にとって楽しんでもらえると思ったから」
[確かに景色もすばらしいし、この先あなたが無計画に車を進めているとは思わない。でも、私はあなたのお人形ではない。自分もこの旅の中で重要な役割を担いたいの。でも、今のままでは私は景色の一部でしかない。かつてあなたが通った道、通った自然の中に付け足されただけなの」
彼は言葉を失った。確かに彼女の言うとおりだった。自分は自分の書いたシナリオを実行していただけだった。
彼女はゆっくりと彼に近づき、首に腕を回して優しく抱きしめた。
「だからここからは1人で行って」
呆然と立ち尽くす彼の頬に軽くキスをした彼女は、くるりと踵を返すとしっかりした足取りで彼の車を離れていった。彼はただその後姿を見送った。

彼女はダムの麓の駅で1人ただ列車を待っていた。
どちらに向けて列車がやってくるかはわからない。ローカル線の無人駅は広大な自然の中でただただ彼女を包んでいた。
やがて車輪の音が聞こえ、2両編成のディーゼルカーが姿を現した。彼女はゆっくりと立ち上がり、その列車が向かってくるのを見つめていた。
列車がホームに滑り込んだ時、駅前の砂利道を赤いアルファロメオが疾走してきて彼女の目前で停止した。
彼女は一瞬、列車とアルファロメオを見比べ、ふっとため息を吐いた。
[もう少し、君と一緒の空間をくれないか]
彼は大声で怒鳴った。
[自然も何もいらないから、君がそばにいてくれるだけでいいから」
彼女はゆっくりと彼に向き直る頃、列車は静かに発車した。

「列車に乗り遅れてしまったわ。あなたのせいよ。どうしてくれるの?ローカル線だから次の列車は2時間後よ]
彼は大真面目にこう言った。
[列車に乗りたいなら絶対に追いついて見せるから。君のために全力で走るから」
彼女は思わず吹きだした
[あなたってそういうところがあるわよね。何事も一生懸命で、子供みたいに全力投球!でも、そういうところ、好きよ」
彼女は微笑むと助手席に乗り込んだ。
[いつでも列車に乗って逃げてしまうから覚悟してね。私にだってあなたから自由に旅立てるのよ]
彼は嬉しそうにこう答えた。
[大丈夫。君を離しはしないし、列車に乗って旅立ってしまったら全力で後を追おう。ただし、その前に列車に乗せないさ」
[自信過剰よ]
もはや二人の世界に自然は必要なかった。車内の空間こそが彼らの必要としているものだった

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