Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story41〜

Winter Coast

季節外れの海岸は何かと物悲しい。
夏であれば、はしゃぎまわる子供、体を焼く若者、のんびり過ごす家族連れ・・・思い思いの海を楽しむ。
冬の海は歓声もなく、賑わいもなく、「これが同じ場所?」と思うくらいの静けさ。反面、波の音はその猛々しさを倍加させ、シーンの主役を演じている。

彼はこの冬の海が好きだ。冬こそ海はその雄大な自然を演出し、自己主張をしていると思うから。
晴れやかな夏の海が嫌いなわけではないが、どちらかと言うと海は静かなほうがいい。波の音がただただ聞こえていて欲しい。そのほうが心が落ち着くものだから。
彼が冬の海を訪れる時、必ず1冊の文庫本を持ってゆく。波の音だけをBGMに小説の世界に没頭できる。一日中砂浜に腰を下ろし、風で体中が潮まみれになっても彼は文庫本を読み続ける。1日1冊。

[ちょっと、それ取って!]
読書に没頭していた彼は大きな声にふと目を上げた。1人の女性サーファーがこちらに向かって手を振っていた。
ふと傍らを見ると、彼女のものと思しき荷物が彼の隣にある。どうやらタオルを欲しているようだが、読書を中断された彼は、何事もなかったかのように再び文庫本に目を落とした。
しばらくすると彼女はあきらめたようにこちらへ歩いてきた。彼の傍らのタオルをつかむと髪を拭きながら食って掛かった
[不親切ね。なんで取ってくれないの?」
彼は再び文庫本を閉じて彼女に言った
[僕はあなたの連れでもなければ召使でもない。礼儀を知らない相手は無視することにしている」
[なによ、あなたが私の荷物の隣に座ったくせに」
[別に君の場所ではないだろう。僕はここで本を読んでいたいだけだ。迷惑はかけていないつもりだ]
[ふ〜ん。本を読むためだけにここに来ているの?」
[そう。サーフィンやっている人以外はここにいないし、サーファーたちは海に入ってしまうから誰にも邪魔されないしね。」
[私が邪魔をしたから怒っているのね?]
「怒ってはいない。礼儀を知らないから相手しなかっただけだ」
彼女はちょっと改まったように一度天を仰ぐと、彼の横に腰掛けた。
[ここに座っていたら読書の邪魔ですか?」
彼は文庫本を閉じると
[いえ。話をしたいならお相手になりますよ。]
と初めて笑顔を見せた。
[なぜここで本を読むの?」
[夏の海では読まないよ。冬の海は波の音と潮の香りだけが空間を満たしていて気持ちが落ち着くんだよ」
[私は冬の海はサーフィンをやるために来ているから、そういった静けさは感じたことなかったな」
[いいもんだよ。喧騒のない海なんて冬の海岸か断崖絶壁ぐらいのものだから。サーフィンやっている人だって休憩くらいするだろ。その時に一度座ってぼうっとしてみると感じるはずだよ」
[詩人ね」
[いやいや、そんな崇高なものではないよ。自分の世界にはまっているだけ。オタクみたいなものさ」
[私は夏の海ってほとんど行かないな。夏は海水浴客が多くてサーフィンできないし、波も穏やかで面白くないもの」
[人それぞれに冬の海にやってくるんだ]
[目的は違うけど、冬の海でなければできないものがあるのよ」
[そうだね。それは必然であって偶然ではない。目的があって人は行動する。でも必然の中の偶然もまた面白い」
[今日はサーフィン目的の私と読書目的のあなたが偶然出会って話をしているのだから」
[出会いの最初は最悪だったけどね]
二人はひとしきり笑った。
[僕はいつも1人で行動するんだ。だって海岸で読書するなんて1人でしかできないだろ?」
[私も1人。サーフィンはみんなでやることもあるけど、波と対話するのって1人でやるべきことだから」
[お互いに1人か]
日は西に傾き、夕焼けが彼らの顔を照らし始める。冬の海の休日はそろそろ終わりを告げる。
[さてと」
彼女は砂を払いながら立ち上がった。
[今日最後のテイクオフを楽しんでくることにするわ。もし良かったら私のランニングを見ていて」
[見ていよう。但し・・・僕もこの本を読み終わってしまいたいから、目を離すかもしれないが」
[いいのよ。本を読みきってくれれば。お互いに今日の仕上げよ」
彼女はボードを抱えると海岸に向かってゆっくりと進んでいった。
その後姿がシルエットになって彼の目に焼きついた。
彼はその時こう思った。

彼女が戻ったら提案してみよう。[次回は2人で来てみよう]と。彼女が一日サーフィンをやり、僕が一日本を読む。たまには彼女のサーフィンを見て、たまには彼女が本を読む。
1人だけではなくても冬の海は楽しい。

波に向かって行く彼女が、一瞬こちらに向かって手を振った。彼はちょっと微笑んで手を上げた。

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