Bloody's Tea Room Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ 2018/02/18 15:32更新
当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。 読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください。
〜Story42〜
Trust Me
彼女は酔っ払っていた。ほぼ酩酊と言っても良いくらいに。今の彼女にとっては健康も世間体も大事なこととは思えなかった。「どうにでもなれ」と叫びだしたい気分が頭の中を駆け回り、怒りなの酔いなのかの判別もできなかった。 彼女は今の会社に勤務してすでに10年。仕事が好きだった。毎日のように発生するトラブルとその処理。最小限のリスクで切り抜ける切迫した緊張感。毎日を悠然と過ごすことなど彼女にはありえない。常に勝負しているというのが彼女のスタイルだった。 他の社員が引き起こしたトラブルを自分のテリトリー外であるにもかかわらず全力で切り抜けた翌週の月曜日。思わぬ出来事が起きた。 トラブルを起こした張本人の男性社員が彼女の前にやってくると一言こう言った 「トラブル解決してくれてうれしいんだけど、余計なことしないでくれる。もういい歳なんだからそろそろ結婚相手でも探せば?可愛げないよ。一生シングルでいるつもりなの] 彼女は唖然として言葉を失い、その男性社員を見上げた。周囲の女性社員はクスクスと笑っている。 彼女は動揺を抑えて切り返した 「貴方、自分が起こしたトラブルでしょ。そんなに自信があるなら1人で解決しなさい。解決してもらってから別の話にすりかえて攻撃するなんて男の癖にだらしないんじゃないの?脳味噌腐っているんじゃない?」 その男性社員は苦笑して去っていった。彼女の中にはなんともいえぬしこりが残った。ずっと頑張ってきた仕事、10年の歳月を否定された気分だった。彼女はそこにいること自体がいやになり、黙って会社を後にした。 会社を無断早退すると、彼女はゲームセンターでとにかく遊んだ。何も考えず、回りも気にせずとにかくゲームに熱中した。ひとしきりゲームに没頭した彼女は、寂れた焼き鳥屋へ入って一人日本酒を飲み続けた。一言も言葉は発しなかった。ただただ彼女の頭の中には悔しさだけが渦巻いていた。 焼き鳥屋を出てからの行動は覚えていない。ただひたすら飲み続けて酩酊する彼女がそこにいた。 やがて彼女はショットバーの看板を見つけ、ふらりと中に入っていった。行きつけのこの店に、こんなに酩酊して入ったのは初めてだった。いつものようにいつものバーテンが彼女を迎えた。 「こんばんは。今日はかなり飲まれているようですね」 「飲んでいるなんてもんじゃないわ。でもまだ飲むわよ」 バーテンはちょっと口元だけで笑うと、彼女のお気に入りのバーボンをショットグラスに注いだ。 彼女は一気に喉に放り込むようにグラスを開けた。 「もう一杯」 バーテンは静かにこう言った 「やめておいたほうがいいですよ。そういう飲み方は貴女に似合いません」 彼女はちょっとバーテンを見て、グラスを見て目を伏せた。 「私ね、学校出てから10年もの間一生懸命働いてきた。すごくいい仕事を持ったと思った。男とか女とかそういうことは一切考えなかった。自分にできることは絶対に手を抜かなかった。そんな自分のやり方が好きだし、仕事が大好きだから。 でも、周りの人たちはそういう公平な目では見てくれない。女のくせに、女らしくない、可愛げない。好き勝手言われる。私の人生なんだから私の好きに生きてどこが悪いのよ。30過ぎておばさんになっても常に全力投球して頑張っている姿は、結局のらりくらり生きているただのおばさんと変わりないの?] 一気に彼女はまくし立てた。 そんな彼女をバーテンはじっと見ていたが、黙ってショットグラスにバーボンを注いだ。 「もう一杯飲んでください。但し、ゆっくりとね」 彼女は自分を落ち着かせるように、味わうように、いつものように、ゆっくりとグラスを傾けた。 「落ち着かれましたか?お酒は美味しく飲むものです。私はただのバーテンですが、お酒を美味しく出すことには一生懸命なんです。だからお客様にも美味しく飲んでいただきたいのです。でも、お客様は単に飲むことだけを目的にしている。だから美味しく飲めるように気を配ってもそれを評価されることはあまりないのです。でも、自分の出したお酒は美味しいと自分自身で信じています。なぜなら自信を失わないように心がけているからです。仕事って自分自身が満足していればいいのではないでしょうか」 彼女は先ほどまでの酩酊が嘘のように引いてゆくのを感じていた。そして心には落ち着きが戻りつつあった。 「自分を信じる・・・か」 ポツリとつぶやいた彼女はバーテンに向かってこう言った 「そうだよね。だってここで人生くしゃくしゃにしちゃったら、今までの10年間、いや30年間を自己否定することになっちゃうもんね。私は私。周りなんて関係ない。自分を信じて突っ走っていくしかないし、今までもそうしてきたんだからね。いい言葉聞いたよ。ありがとう」 ショットグラスをバーテンに掲げた彼女は、一気にその中身を飲み干してこう言った。 「おやすみ」
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