Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story43〜

I Love Your Song

今日の彼女はご機嫌だ。とにかく全てにおいて従順、何事にも全て彼のリクエストに答え、まったく彼にストレスを感じさせない。こんな彼女は久々だ。
彼は最高の気分でワインディングを飛ばしていた。別に何の用事があるわけでもない。別に何の目的があるわけでもない。人生の中で意味のない時間ほど楽しいものはないじゃないか。
しかも今日の彼女は最高なのだ。洗練された身のこなしと、うっとりするような妖艶さを携え、ドキドキするような緊迫感さえ持っているのだから。

彼女・・・別に霊長類人科の動物ではない。彼女の名前はアルファロメオ155.
そう、 彼は彼女を現在のパートナーとして生きているのだ。
イタリアの生んだ大いなる官能の世界。この車を彼は[彼女]といってはばからない。時には[愛人]と表現することもある。
彼の車への接し方はまさしく女性に対する扱い方そのものであり、時には優しく、時には荒々しく、そして時には労わる。それがじゃじゃ馬のイタリア娘への愛情表現。ご機嫌を損ねると、途端に手痛いしっぺ返しが来る。
「まるで女性そのものじゃないか」
と彼は思う。そして彼は彼女と一心同体だった。

ワインディングに入ってからすでに峠を2往復した彼は、 彼女の変調に気がついた。どうやら調子に乗りすぎたので少し休みたいらしい。
「熱があるようだな」
彼は独り言をつぶやいた。そう、油温計の針がかなり上昇している。
峠の頂上の横道に彼は彼女を導いた。ゆっくりとアクセルを煽って確認し、やがてアイドリングが安定するまで彼は彼女と対話した。
[ちょっと調子に乗りすぎたかな?]
電動ファンが高回転側にスイッチし、まるで彼女は抗議しているかのような音を奏でる。
[少しは休ませてくれないと拗ねちゃうわよ]
と言っているように。
[まあ、たまには全力疾走してもいいじゃないか」
彼は労わるようにステアリングに手を置いた。
「森の中でいっぱいいい空気を吸っておけよ。都会のにごった空気じゃあ、肺炎になっちまう」
彼は1人で言って笑った。

やがて水温が下がり、油温も落ち着いた頃、彼はエンジンを止めドアを開けた。
彼女の周りを一周し、注意深くタイヤショルダーを点検し、以上のないことを確認するとタバコに火をつけた。森の中は誰一人いない。街道を行き交う車の音も聞こえない。その静けさはまるで世界が自分ひとり、いやアルファと2人になってしまったような錯覚を引き起こす。
タバコを吸う息と先端で燃える[チリチリ]と言う音さえも聞こえてしまう世界。彼はその静けさと森の空気とタバコの煙をひととき楽しんだ。

「さて、もうちょっと走るか?」
彼は彼女に声をかけると、ドライバーズシートに身を任せた。
イグニッションをひねると 彼女は 息を吹き返した。まさに燃料を血液のごとく隅々まで行き渡らせ、その心臓を再び鼓動させるように。エンジンの振動はボディーに伝播してまさに生き物のように反応する。
ギアをローに入れ、サイドブレーキを開放し、クラッチをゆっくりつないだ時、彼女は一歩づつ踏みしめるかのように大地を歩みだす。この瞬間こそが彼と彼女の対話の時間。
通りに戻って左右を確認した彼は、再びクラッチを今度は勢いよくつなぎ、レブリミットまでアクセルを踏み込む。イタリアンエンジン特有の高回転まで回った彼女の心臓は、何ともいえぬ音色を森の木々にこだまさせる。
この音色を感じる時、彼はいつも思う。
[いつまでも最高の声で歌ってくれよ、愛しの彼女よ」

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