Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story44〜

Old Friend


Photo by Mr.Red (Special thanks)

首都高速芝浦P.A.午前4時。空はまだまだ暗く東の空には月がこうこうと輝いていた。この時間では本線を通過する車両もまばらだ。時折通過する車両が継ぎ目で奏でる音だけがあたりを支配している。P.A.の中も仮眠中のトラックばかりでエンジン音もほとんど聞こえない。

私は午前4時ちょうど、タバコに火をつけた。
「そういえばあいつはいつも5分遅刻だったけな」
1人で苦笑しながら1本のタバコを5分かけてゆっくりと吸い続けた。
タバコを吸い終える頃、コンクリートに囲まれたP.A.内にロータリーエンジンの音がひときわ高く響いた。間違いなく彼が来たことを私は直感した。彼はチューニングしたRX-7に乗っている。
私の考えを反芻する間もなく、見慣れた彼のRX-7が姿を現した。

彼は私のアルファロメオの右隣にRX-7を停め、ゆっくりとドアを開けて降り立った。私の右側に停車させると言うのは我々の暗黙の了解のようなものだ。左ハンドルのアルファロメオの左側に右ハンドルのRX-7を停車させてはお互いに乗り降りしにくいからだ。私はなんとなくそのことを思い出してふと笑った。
彼は車を降りようとしない私の姿を見て、アルファロメオの助手席に乗り込んできた。
[どうしたんだ。たまには2人で走ろうって言うのは?」
[ん?たまにはいいじゃないか。それよりお前、理由わかってるんじゃないのか?」
[彼女のことか?]

私と彼、そして彼女は学生時代からの友人だ。お互いに車が好きで、学生時代からこの芝浦に集まっては首都高速で腕を磨いていた。私と彼はともかく、彼女はよく仲間内から[女だてらに]とよく言われたものだ。そして私も彼も彼女も、仲間の中では誰にもスピードで負けたことはなかった。車の趣味が3人とも違うこともあって、3人とも得意なポイントと不得意なポイントが異なり、ほとんどタイムは変わらなかったが・・・。
やがて3人は社会へと旅立った。3人とも乗り物が好きなこともあって、彼はレーシングチームのメカニックに、彼女はスチュワーデスに、そして私は輸入車商社に入社した。仕事柄出張が多かった私は社用で飛行機を利用することも多く、機内で彼女と顔を合わす機会も多かった。やがて私と彼女は付き合うようになった。といっても学生時代と違うことは3人ではなく、2人で出会う機会が多くなっただけであるとも言えたが・・・。

[彼女と婚約をした話を聞いた。なんとなく会っておきたかった]
私が言うと、彼は深く息を吸い込んでこう言った
[その話は本当だ。おまえに黙っていたのは悪いと思っている。ただ、言い出す機会もなかった」
[別に怒っちゃいない。俺が気になるのは、なぜ俺は彼女に振られ、お前は振られなかったか?ということだ」

私の言ったことは本音だ。実際彼女は私にこう言って別れを求めた。
[あなたはまだ学生時代なのよ。みんなは成長している。あなたといつまでも首都高速を走っているわけに行かないわ」
私はわからなかった。それならば彼以外の人間と付き合って欲しかった・・と。

彼は真面目な顔をしてこう答えた。
[お前が振られたわけはわからない。ただ言えることは俺は車と彼女とどちらを取るか即答できる。もしかしたら彼女が俺を選んだ理由がそこにあるかもしれないとは漠然と考えている]
私はあれの言葉を反芻すると自分に置き換えて考えてみた。自分は即答できるかどうか?と自問自答していた。
私は確かに彼女を愛していたが、車も同時に愛していた。車をメカではなく心の通うものとしてとらえていた。学生時代からそれは変わっていなかった。もちろん彼女を大切である気持ちはかけがえのないものだ。問題は彼女と会っているときも常に話の中心は車だったような気がする。もちろん彼女も車は好きだが、スチュワーデスという見聞を深める職業柄、退屈であったことは十分に想像できる。つまり私は彼女の心を見てあげることが出来なかったということだ。
[完敗だな]と私は心の中でそうつぶやいていた。

私は吹っ切ったように笑うと彼に提案した。
[そろそろ夜明けだ。ひとっ走りしてみないか?]
私の提案に彼もうなずいた。
[そうだな。今の時間なら空いている」
彼は助手席から降り立つとRX-7へと戻って行き、やがてエンジン音が聞こえた。私はゆっくりと芝浦P.A.を出発した。もちろん彼のRX-7が後ろに従っていた。

首都高速環状線に浜崎橋で合流し、外回りに入った2台は汐留から全力疾走に移った。汐留から江戸橋までの区間は地下だ。さすがに車線の狭いこの区間では充分にマージンを取って走る必要がある。本当の勝負は江戸橋から始まる。
江戸橋JCTの1車線区間を限界で通過した2台は呉服橋、神田橋と並走して通過し、竹橋の直線区間でRX-7が前に出た。さすがに直線ではロータリーターボが底力を見せる。
千鳥が淵、三宅坂トンネルをテールtoノーズで通過し、霞ヶ関から再び地上に出ると私は勝負を仕掛けた。谷町に向かう上りでぴったりと張り付き、一ノ橋JCTを通過直後の右コーナーで右車線へ飛び出した。そのまま芝公園ランプ前の連続S字を限界ギリギリで通過した直後、アルファロメオはいきなり左に首を振った。カウンターステアで制御しながら右からRX-7の前に斜めに飛び出したアルファロメオはついに抜き去ることに成功した。

浜崎橋を再度通過した私はそのまま左にステアリングを向け、東京高速へ向かった。彼はそのまま首都高速環状線を走り去った。おそらく彼と、そして彼女と、首都高速を走ることはもうないだろう。これが本当のラストラン。我々の友人関係も・・・・

私はパレードラップのようにゆっくりともう1周した。そして最後のドラマを演出した芝公園ランプで高速を降りた。
ゆっくりと車を止め、私はタバコに火をつけた。
[今日の勝負には勝ったが、人生の勝負に負けちまったな。俺は月、彼は太陽だな」
東の空にはゆっくりと陽が昇り、月はやがて明るさの中に埋もれていった。

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