Bloody's Tea Room Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ 2018/02/18 15:32更新
当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。 読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください。
〜Story45〜
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バーテンダーのしなやかな手の動きは芸術のように見えるときがある。 シェイカーに氷を投げ込み、メジャーで必要なだけのリキュールを注ぎ込む。シェイカーにふたをしてしっかりと両手で保持し、振っているようでいて回転させるように複雑な腕と手首の動きがリキュールを違うものに変貌させてゆく。その間、わずか数秒。 その間、シャイカーの中のリキュールは氷の中を潜り抜け、氷はシェイカーの壁に当たることを最小限に液体の中を潜り抜ける。まるで液体と個体が空中を浮遊するようになっているはずだ。 彼女はバーテンダーの手の動きをじっくりと観察していた。シェイカーから最後の一滴がカクテルグラスに注ぎ終えるまで、手の動きだけを目で追っていた。 カクテルをウェイターが運んでゆくと、バーテンダーはシェイカーをシンクに置いて彼女の方に向き直った。 [そんなに見ないで下さいよ。照れますから」 バーテンダーはちょっとはにかみながらそう言って微笑んだ。 [なんとなく、芸術だと思ったの] 彼女はゆっくりと深呼吸しながら答えた。 [息を詰めてみていたのですか?] 「そうです。だって人が真剣に何かをやっているときには、こちらも真剣に見てしまうでしょ。例えば体操の競技とか、ビリヤードとか」 [いやあ、シェイカー振るのなどは鑑賞するに値しないですよ。出来上がったものを召し上がっていただくのが私の務めです。ボトルを振る競技などは見せるものですけどね。まあ、私はやりませんが」 [シェイクするのもステアするのも見ていて吸い込まれてしまうわ。だって私には出来そうにないですから] [いえいえ、誰でも訓練次第で出来ますよ。力が要るものでもないし、コツさえつかめば大丈夫です」 新しいオーダーが入り、バーテンダーは再びシェイカーを手に取った。 彼女は再び目の前で繰り広げられる一瞬の芸術に目を奪われた。 バーテンダーはカクテルを作り終えると、しばらく無言でシンクの洗い物をこなした。てきぱきと洗い物を片付けてゆく姿はやはり無駄がなかった。彼女はその姿を見ながらプロの仕事じっくりと観察した。 彼女がこの店に来たのはわけがある。雑誌の記者をしている彼女は、編集者になって初めての特集記事の取材をしていた。彼女の企画書が初めて編集長のOKを勝ち取っての仕事だった。 企画の主題はこうだ [夜の街には人々が吹き寄せられる店がある。店のどこかに存在する隠れ家のような色とは何か?」 口コミで広がる店の評判というのは多種多様だ。しかし常連客が多かったり、長く息の続く店にはそれなりの持ち味があるはずだ。彼女はそれらの店がどのような共通点を持っているのか確かめたかった。 それは純粋に彼女自身の好奇心でもあった。流行り廃りの多いこの業界にあって、なにか引き付ける共通点を探したかった。 しばらくしてバーテンダーはカウンターの下からクレソンを1本づつ取り出してはボールに移す姿が目に留まった。彼女は何をやっているのか想像がつかなかった。バーテンダーはどうやらクレソンをグラスに浸した水に1本づつ漬けておいたらしい。 [バーテンダーの動きがそんなに気になりますか?」 バーテンダーは彼女に問いかけた。 [いえ、何をなさっているのか想像がつかなくて] [実は菜っ葉などがしおれてきた時には、かなり薄めた中性洗剤に漬けておくことで新鮮さを取り戻すのです。もちろん本当に薄めないと逆の効果を生んでしまいますが。まあ、かなり地味な作業ですね] バーテンダーは微笑んだ [それは知りませんでした。そうやってカクテルの彩りを品質保持しているのですね。」 [お客様には一瞬の飾りかもしれませんが、それが活き活きしているかどうかでカクテルの味も変わってくると思うんですよ。まあ、私の勝手な想像ですが」 [私はシェイカーを振る派手なアクションしか見ていませんでした。そしてカクテルの味しか評価していませんでした。どんな世界にも舞台裏はありますよね。それを見ることが出来てちょっと嬉しいです」 [バーテンダーの場合はカウンターの下では地道なことをしているということでしょうか」 バーテンダーはさらに照れてクレソンをしまった。 店を出て彼女が初めに思い浮かべたのは、今回の特集の見出し文だった。 [店の色はカウンターの下で作られる。どれだけこだわりを持って客に接するかが店の色」 彼女の色はこの日から始まった。そして彼女の色もこだわりを持って作ろうと彼女は誓った。
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