Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story48〜

Secret Zone

男には自分の孤独を癒す場所がある。それは誰にも告げる事のない自分だけの空間を感じることが出来る場所。もちろんその場所には他の誰かもいるかもしれない。ただただそこに行くということは自分の自己満足に過ぎないことはわかっている。だからこそ、その場所にいるときだけは孤独を味わいたいというのが男の本音であるのだ。そしてもちろん、その場所には「自分だけのアイテム」が必ずあるというのが大人の男の自己満足であろう。

彼は仕事の疲れを引きずったまま、店のドアを開けた。彼の目的はただ一つ、彼専用のカクテルを一杯飲み干すこと。そしてその店は彼の「隠れ家」とも言うべき場所。いわば[秘密の空間]であり、カクテルは[秘密のカクテル]でもあった。
店に入るといつものバーテンダーが彼を迎える。彼はいつもなにも言わない。ただ彼の座ったスツールにコースターを用意するだけだ。一見ぶっきらぼうに見えるその仕草も彼としてはありがたかった。そこで闇雲に連発される歓迎の挨拶などはないほうがいい。

スツールに腰掛けると無言でおしぼりが差し出される。そのおしぼりを受け取った彼は「おや?」と思う。前回訪れた時には暖かかったおしぼりが、今日は冷たいおしぼりに変わっている。確かに夏の暑いひびを迎えるこの季節、冷たいおしぼりはありがたい。彼は思わずいつもは言わぬ一言を発していた。
[おしぼり、冷たくなったんですね。とても気持ちいい」
バーテンダーはちょっとびっくりしたような、いつも見せぬ微笑みの表情を見せてこう言った。
[ええ。さすがに暑くなってまいりましたので、私がお客様だったら冷たいほうが嬉しいか?と」
オーダーする前に会話したのは初めての事だ。いつもと違う違和感を抱きつつ、彼はこう答えた。
[冷たいおしぼりが気分を一新させてくれたよ。ではいつものを]
今度は黙って頷いたバーテンダーは鮮やかにカクテルグラスを取り出し、いつものようにシェイカーへ向かった。

彼の注文した「いつもの」とはオリジナルのカクテル。このバーテンダーが彼のために考えてくれたカクテル。もちろん彼以外の注文は受け付けない。
彼はこのオリジナルカクテルが[彼だけのもの]であることに、密かな優越感を持っていた。なんといっても世界で唯一つの贅沢。彼はこの至福の時を独り占めしたいがためにこの店を訪れているのだ。
出来上がったカクテルに口をつけ、彼は満足げに一息吐いた。一日の終わり、仕事の終わり、仕事の顔からプライベートへの変貌。彼の顔を変える瞬間を楽しんでいた。

カウンターしかない10席分ほどの空間には他に客がいなかった。いわば貸し切りとなった空間にはバーテンダーと彼しかいなかった。孤独を楽しむ空間と言っても、彼にとってこのシチュエーションは初めてであった。
「なんだか今日は初めてってのが多いな」
彼は誰にともなく独り言をつぶやいた。
[え?何でしょう?]
バーテンダーがちょっとこちらを伺い、そう尋ねた。
[いや、ここに1人って言うのも初めてだし、注文する前に君に話しかけたのも初めてだと思ってね」
[お客様は静かな空間を楽しまれているようなので、私から話しかけることは避けておりました」
[確かに君は客をよく見ているね。その通りだよ。でも、たまには話してみるのもいいだろう。オリジナルカクテルを提案してくれなければ私は常連にはなっていないよ」
[色々なお客様がいらっしゃいます。実は私も雄弁にお客様と話をすることもあります。皆さんはこの店に色々なことを求めていらっしゃるので、店もお客様の要望に限りなく近づけたいと思います]

彼はバーテンダーの言葉を反芻した上で思った。
[自分は孤独を楽しむためにこの店を利用しているが、この店を紹介できる人と出会うことが出来たら一緒にこよう]
と。
男にとっての[隠れ家]は重要。ただ、その隠れ家を共有できる人がいたらもっと素晴らしいこと。もし、隠れ家を共有できる人が、そこを荒らすような人間ならば、自分の[人を見る目]が不足していたということだ。このバーテンダーがどのような対応をするかで、その人の技量も測れるということだ。
一番大切なのは「隠れ家を持っている」ことではなくて[隠れ家の存在価値]が自分の中で消化されていること。このことは自分という人間の器量にかかっている。

カクテルグラスはダウンライトを跳ね返し、鮮やかな赤い液体を際立たせていた。彼はそっとグラスを持ち上げて今日の発見に乾杯した。

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