Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

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〜Story49〜

Don't Forget

彼は都心から5時間かけてこの地にやってきた。ただひたすらこの光景を見たいがために。

[昭和の遺産]という言葉を耳にすることも多くなった。[遺産]というには昭和は近すぎる気もする。ただ、時代の流れはどんどん加速してゆく。平成になってインターネットを中心とした電子インフラの整備は加速度を増し、人の周りには常にコンピューターが存在している。彼が生まれた昭和の後半、果たして今の世の中を想像できたであろうか?
もちろん彼が子供の頃、TV電話、DVDレコーダー、カーナビゲーションなどは[夢物語]として存在していた。ただし、その実現性は皆無。あくまでも[子供の抱く夢]だった。夢があるうちは良い。現在の子供たちはことごとくその夢を実現できている環境にある。
非常に恵まれた社会。便利な世の中になったと人は言う。その便利な世の中も、時代を支えたその時代の技術の下積みがあってこそ成立していることを忘れてはならない。[昭和の遺産]とは、今を支える技術の進歩の道筋なのだと彼は思う。必要なのはその根本に存在した現在では陳腐化している技術を決して忘れないこと。忘れてしまっては、その上に成り立つ現在の技術を継承してゆくことさえ難しいはず。

そして今、彼は峠の廃線跡にいる。
ここはかつて急勾配を列車が走行する際に、[スイッチバック]と呼ばれる手法で登っていった時代の駅の跡地。蒸気機関車やディーゼル機関車では急勾配を一気に登ることが出来ず、また駅に停車してからは発進することが出来なかった時代、一度平坦な駅に列車を止め、引き上げ線で勢いをつけてから登ってゆく手法をとったのである。これこそ[パワーがない]という当時の技術の不足を補った人間の知恵。まさに[昭和の遺産]。
そして今、電車は軽やかにこの峠を加速して通過してゆく。技術の進歩が人間の知恵を超えた瞬間。
スイッチバックの駅はその使命を終え、本線上とは線路も分断されてまさに[遺産]としてのみ存在している。かつてスイッチバック駅には必ず列車が停止し、駅弁売りの呼び声がこだまし、賑わった面影は今はない。

彼は廃線となったスノーシェルターを1人進んでいった。分断された線路と、かつてホームであった道路を歩きながら、もう見ることの出来ないかつてのスイッチバックの光景を思った。
目をつぶると山の中のこの駅跡地はしんと静まりかえり、まぶたの奥には茶色い客車と駅弁売りの光景が目に浮かぶ。蒸気機関車の汽笛が鳴り、ゆっくりと茶色い客車が動き出す。窓から手を振る乗客。何もかもが[昭和の遺産]

突然轟音が鳴り響き、彼の思い浮かべた光景を消し去った。
本線上を現在の主役、山形新幹線「つばさ」が通過する。そこには窓から駅弁を買うこともなく、ただ目的地に急ぐ姿があるだけ。便利になり、快適になり、我々はその恩恵を受け、そして時間は加速度的に進んでゆく。

一抹の寂しさを感じた彼は、シェルターの中を再び外に向かって歩き出した。
足元にふと目を落としたとき、彼は朽ち果てた看板を見つけた。
[いい日旅立ち]
人々の心に今も残る素晴らしいキャッチフレーズ。懐かしいロゴと、イメージソングを思い浮かべた彼はそっと微笑んだ。
駅の外には今も変わらぬ峠の茶屋がある。彼は茶屋に入ると懐かしい[雑煮]を注文した。
昔から変わらぬ峠の力餅の雑煮を味わいながら、看板と茶屋がいつまでも長く残っていて欲しいと彼は願った。
そして我が子にも、我が孫にも、永遠にこの光景を語り継ぐことが、本当の[昭和の遺産]であることをこの時自覚した。

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