Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story7〜

Every Year

マフラーとコートをいつの間にか手にすることもなくなり、強い南風が吹く頃を過ぎると、心もなんとなく浮かれてくるから不思議だ。
新しい季節。新しい服。新しい出会い。
春は毎年人々に新しいものをもたらせてくれる。
まだ気温は寒いこの時期、木々の葉は色づき始め、花は一年で最高の姿を見せてくれる。
そして人々はいずれやってくる暖かさを心待ちにし、同時に心の温かさも増すのかもしれない。

彼女は天を仰ぐと思い切り息を吸い込んだ。
春の主役、桜の香りに満ちた夜風が心地よい。
街灯の光に映し出された薄く白い花びらたちは、彼女の上から降り注ぐようにあたりに香りを注ぐ。
この前まで北風が吹きすさんでいた公園は、花たちを見守るかのようなそよ風に変わり、香りと共に彼女を包んでいた。

彼は天を仰ぐ彼女の姿を後ろから見守っていた。
両手を広げて香りを吸い込む彼女の後姿を微笑んで見つめていた。
夜桜と街灯とその色のコントラストに、彼女のスプリングコートがマッチし、それを見ることのできたことに満足していた。

彼女が振り返って彼に話しかけた。
「毎年この季節は毎日夜桜を見ているの。一人でぼうっと見ていることもあるし、友達と話をしながら見ることもある。季節の一大イベントね」
彼は大真面目にこう答えた。
「うらやましい。桜を見ることができる君の事ではなく、君に見てもらえる桜がね」
彼女はいたずらっぽくこう言った。
「うらやましいでしょう。だから今日はあなたを見てあげない」
そう言って再び彼に背を向けた。彼は思わず吹き出してこう返した。
「いいよ、桜の中に立っている君の後姿を見ることができるのは僕だけだから」

しばらく二人は無言で夜桜と共に過ごしていた。人通りの少ないこの公園では桜に目を留める人も少ない。
彼はやがて彼女の後姿に近づき、肩に手を当ててこうささやいた。
「毎年この桜を見に来るんだろ?」
「そうよ。そして一年が過ぎて春が来たことを感じる」
「いつも一人で感じているんだろ?」
「そう」
「来年からは二人で感じることできないかな?」
彼女はゆっくりと顔だけ彼のほうに向けた。
「いいよ。一人で見るより二人で見たほうが楽しい」
彼は肩に当てた手をゆっくりと彼女の前に回して後ろから抱きしめた。
「毎年この桜を見るときにこう感じることになるんだ。『一年間ありがとう。今年もよろしく』ってね。それが人生の年輪ってものだと思う」
彼女は彼の手に自分の手を重ね合わせてつぶやいた。
「歳をとっても変わらない幸せを感じるわけね」
重ねた手をしっかりと握り締めて彼らは無言で来年の桜を夢見ていた。

人には忘れてはならないものがある。
それは初めての出来事に対する自分の気持ち。
長い人生、一瞬の出来事が心に残ることがある。
そんな一瞬を忘れない人間でいよう。
そのために毎年毎年思い出させる何かがあるはず。
そんな素晴らしいことを見逃さないようにしよう。
思い出は過ぎ去るもの。
でも毎年加えられてゆく思い出もあるはず。
幸せを感じることのできる空間を大切な人と共有しよう。
その空間は必ず毎年何かを二人に思い出と幸せをもたらせてくれるから。

メニューへ

inserted by FC2 system