Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2021/05/30 16:25更新 

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読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜「ブラッディー」の鹿嶋・香取ぶらりドライブ!〜

2021年の夏休みは全国的な大雨にたたられることとなった。コロナ緊急事態宣言で旅行にもなかなか行けない中なので、ある意味雨だったとしても特に問題はないのだが、それでも長期休暇がいろいろなことで趣味を阻害されてしまっているのは残念。
九州や広島では大きな豪雨被害が出ているとのことで、とにかく泣きっ面に蜂というような日本列島になってしまった。
そんな中、結局暇つぶしをするにはTVを見ることくらいしかないわけで、「ブラッディー」は13日(金)深夜の番組「孤独のグルメ」を見ながらビールを飲んでいた。
この日の特集は南長崎だったのだが、かつて取り上げた東長崎の「せきざわ食堂」が2014年に鹿嶋に移転して「キッチンSARA」として営業しているという情報を番組で得る。
実は連休最終の土日は茨城県方面に海鮮グルメ旅でもしようかと思っていたところだったので、この情報は渡りに船!海鮮は前にもかなり食べているので、雨も酷いことだし日帰りで「キッチンSARA」へ行ってみようと思い立った。
どうせ鹿嶋まで行くなら、佐原の小江戸の町並みや、秘境駅と言われる東成田駅なども巡ってこようという日帰りドライブ計画を立てたのであった。


8月14日(土)9:00川越出発
〜 鹿嶋市内「キッチンSARA」〜佐原水郷の街巡り〜芝山鉄道巡り〜川越着19:30
調べてみると「キッチンSARA」は11時〜15時開店とのことで、一般道で行ってもランチタイムには十分間に合う。緊急事態宣言のおかげで高速道路の休日割引もないし、千葉や茨城方面に行くにはいろいろな高速を乗り継ぐのでやたら割高。ということで3時間半かけてのんびり一般道で行くこととした。
もちろんこの日は終日雨
しかも千葉県や茨城県と行った海岸側に近いところでは豪雨と言ってもいいようなすさまじさ。道路も所々冠水しているので気をつけて運転しなければならない。
それにしても春日部、野田、柏ナンバーにはなぜ下手くそが多いのか?なんせ前の車について行かない=流れを阻害する動くシケインが多すぎる。その割に信号の変わり目などでは加速して赤信号を無視する。ホント、こっちが一緒に走るのが怖くなる。

ということでキッチンSARAには予定通り12時半に到着!店内には昭和レトロなGoodsがたくさん!芸能人も多数訪れているようで、サイン色紙などがたくさんあった。

「ブラッディー」が注文したのは孤独のグルメでも井之頭五郎さんが食べていた生姜焼き卵焼きどんぶり定食650円(税別)
生姜焼き丼の上に目玉焼きが乗っているのだが、この目玉焼きを崩しながら生姜焼きとご飯を一緒に頬張るという贅沢さ!生姜汁がご飯にしみてめちゃうまいんだ〜!
ちなみに「ブラッディー」とほぼ同時に入店した方が、「ブラッディー」の注文を聞いて「私も!」と注文していた。後で聞いてみると、やはり前夜の孤独のグルメを見てきたのだそうな。
会計の際に女将さんから「孤独のグルメご覧になたのですか?」と聞かれ、「そうです。しかも東長崎には学生時代に友人が多く下宿していて愛着があって」と返答。女将さんも前日の放送で取り上げてくれたことを、他のお客さんから聞いたのだそうな。

さて、腹一杯になったところで香取市佐原へ向かう。鹿嶋から佐原までは一般道でも1時間ほど。
霞ヶ浦や北浦を超えて行くのだが・・・・雨で全然見えん・・・
佐原の街には14時頃到着したが、駐車場がない!
いろいろ調べてみると市営駐車場が駅の近くにあるらしい。ということで駅まで行ってみる。無事に市営駐車場を発見して車を止め、歩いて散策開始。駅から有名な水郷の町並みまでは歩いて15分ほどかかる。
佐原駅には新型車両E131系が停車中
今年から運用開始した最新鋭の車両だが、たった2両のワンマン運転車。なのに片側4扉の通勤型電車!

そしてこれが有名な水郷の町並み。ここも川越と同じく小江戸と呼ばれている。確かに蔵造りの建物などは川越そっくり。
ただ、水路が街の中にあるので、どちらかというと倉敷や城崎に似ているかもしれない。

佐原に来たら絶対に立ち寄りたいと思っていたのが伊能忠敬記念館と伊能忠敬の旧家!
50歳を超えてから日本全国の測量を開始して、その際に作られた日本地図は現在の技術で作成した地図とほとんど変わらないというからすごい!この人、旅行好き地図好きの「ブラッディー」としては、歴史上の人物でもっとも尊敬していると言っても過言ではないのだ。
さて1時間ほど散策したのだが、雨は強いし湿度がすごいのでとにかく不快指数がすごい!
ということで時刻も15時。次に向けて出発!
到着したのは芝山千代田駅
芝山鉄道の終点駅なのだが、この鉄道「日本一短い営業路線」として知られている。なんせ隣の東成田駅が起点でこの芝山千代田駅が終点。
朝夕には京成上野行きの直通列車も走っているが、基本的には東成田の一つ先にある京成成田駅とたった2駅をピストン輸送している列車しか走っていない。しかも40分に1本というローカル線!
元々ここからさらに九十九里方面に延伸する予定があったのだが、採算がとれなさそうだと言うことで頓挫してしまってこんな短い路線になったのだ。
さて、この駅からはかなり珍しい光景を見ることが出来る
それがこれ!成田空港のカーゴターミナルが目の前なのだ
日本に「空港直結」の駅は多数あるが、ほとんどが地下駅なのでこんな駅は珍しいと思われる。東京モノレールの整備場駅くらいかなあ。
ここから先に延伸することは・・・あったとしても私が生きている間ではないだろう。
さて、せっかくなのでここからたった一駅の芝山鉄道に乗ってみることにする。ちなみに隣の東成田までの所要時間は3分。お値段200円!高い!まあ、完全な赤字のローカル線なので致し方ないだろう。
やってきたのは京成3000型6両編成
どう考えても6両編成が必要な輸送量ではない。1両で十分なのだが、京成から車両を借りて運用しているので、仕方ないのであろう。
さて、40分に1本しか来ない電車に乗ること3分で東成田駅に到着!
東成田駅は地下駅
ちなみに手前のホームは現在も芝山鉄道が使っており、ここから京成成田側は複線になっている。芝山千代田側は単線。
そして画面左奥にくらいホームが一つあるのがわかるが、これはかつて使われていたホーム。そしてこのホームには

「成田空港」とある。そう、この駅こそが京成の初代成田空港駅なのだ。昭和47年の開港当時に「空港輸送は新幹線が担うのだから京成は直接ターミナルに入れてあげない」と国から言われ、仕方なく空港からちょっと離れた地下に駅を作ったわけ。ターミナルまではバスで行かねばならないし、当時は上野から成田空港まで60分を要していたので、京成に乗る人はほぼなし!悪夢の空港連絡線となってしまったのだ。
その後国鉄からJRになり、平成3年に頓挫して使わなくなっていた新幹線用成田空港駅ホームをJR東日本と京成で半分づつ使うことが決定!晴れてターミナル直下への乗り入れが実現した。
しかし、新線はこの旧成田空港駅とは全く別に作られたので、この駅は東成田駅と名前を変えて営業継続している。さらに芝山鉄道との乗り入れが開始されたことで廃線にするわけにも行かなくなり現在に至っている。
元々10両編成が停車できるホームが2本あったが、現在は1本のみ現役、使わなくなった1本は上の画像のように当時のまま放置されているのだ。
ちなみに壁面の看板まで当時のままだった。

使わなくなったホーム上のコンコースは仕切られていて中には入れないが、隙間から昭和当時のままの様子を見ることが出来る。

改札外の壁面には日本の玄関だったことを偲ばせる壁面画が!ちなみに第2ビルへはここからも歩いて行ける。

ちなみにターミナル連絡バスは今でも走っていて、この第5ゲート近くから出るらしい。ただ、守衛さんに聞くと「本数が少なすぎて使えないですよ」とのこと・・・
まさに時代の流れに翻弄されてしまった都会の秘境駅!廃止されてしまう前に来れて良かった。
ちなみに京成の地下駅というと旧博物館動物園駅が存在した。京成の地下駅って悲運なところが多いなあ。
ということで再び芝山鉄道に乗って芝山千代田まで戻り、その後は一般道で川越まで直行。自宅到着は19時半であった。
 

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