〜Story1〜
Under The Counter Part2
「見られているな」
私はまるで手元にレーザーが当たっているかのような視線を感じながらシェイカーを手に取った。大きめの氷をいくつかシェイカーに放り込み、メジャーで必要なだけのリキュールを注ぐ。いつも慣れた動作だが、やはり視線を感じると緊張するものだ。ましてや美しい女性客からの視線だと緊張も最高潮に達する。シェイカーを両手で保持し、シェイカーではなく中に入っている液体を手に持っているかのように振る。いや、振るというよりも液体を氷の中にくぐらせると言ったほうがいいかもしれない。振りすぎてはいけない。カクテルが水っぽくなってしまうからだ。かといってくぐらせ方が不十分だと完成した時の冷たさが足りなくなる。微妙な手の動きながら、頭ではなく体が覚えている。シェイカーを振っている間、私は完全に視線を忘れていた。カクテルグラスに注ぐ時、再び視線を思い出すまでは・・・。
カクテルを作り終え、注文したカウンターへと運んでから戻って機材をシンクに置いてから、私は彼女の方に向き直った。
[そんなに見ないで下さいよ。照れますから｣
正直な気持ちだ。気になって仕方がない
[なんとなく、芸術だと思ったの]
彼女はゆっくりと深呼吸しながら答えた。
[息を詰めてみていたのですか？]
「そうです。だって人が真剣に何かをやっているときには、こちらも真剣に見てしまうでしょ。例えば体操の競技とか、ビリヤードとか｣
[いやあ、シェイカー振るのなどは鑑賞するに値しないですよ。出来上がったものを召し上がっていただくのが私の務めです。ボトルを振る競技などは見せるものですけどね。まあ、私はやりませんが｣
[シェイクするのもステアするのも見ていて吸い込まれてしまうわ。だって私には出来そうにないですから]
[いえいえ、誰でも訓練次第で出来ますよ。力が要るものでもないし、コツさえつかめば大丈夫です｣
「すみません！」
カウンターの奥から新しいオーダーが入った。私は再びシェイカーを手に取った。今日はやけにシェイカーを使うカクテルの注文が多い。その分、彼女の視線にさらされるわけだが・・・
私はカクテルを作り終えると、しばらく無言でシンクの洗い物をこなした。ことさら彼女を意識の外から外さないと引き込まれてしまいそうだ。そして私が洗い物をしている間も、彼女の視線は私の手元にずっと注がれていた。私は自分の手元とゆったり流れるJAZZのBGMにのみ意識を集中させていた。
洗い物を終えた私はバットを1つ取出し、水を張ってから中性洗剤を少し入れた。よくかき混ぜてからクレソンを1本づつ並べるように移してゆく。昔、師匠だったバーテンダーが教えてくれた緑黄色野菜の再生方法。こうすると不思議なことに緑色が鮮やかに蘇るのだ。師匠の顔を思い出しているうちに、私は彼女の視線も忘れていたようだ。
「あの〜」
彼女に声をかけられてようやく我に返った私は、ちょっと間をおいてから
「はい」
と答えた。
「何をなさっているのですか？」
「そんなに気になりますか？ずっと私の手元をご覧になっていましたよね？｣
「はい。いえ、何をなさっているのか想像がつかなくて」
[実は菜っ葉などがしおれてきた時には、かなり薄めた中性洗剤に漬けておくことで新鮮さを取り戻すのです。もちろん本当に薄めないと逆の効果を生んでしまいますが。まあ、かなり地味な作業ですね]
私はちょっと微笑んだ。
[それは知りませんでした。そうやってカクテルの彩りを品質保持しているのですね。｣
[お客様には一瞬の飾りかもしれませんが、それが活き活きしているかどうかでカクテルの味も変わってくると思うんですよ。まあ、私の勝手な想像ですが｣
[私はシェイカーを振る派手なアクションしか見ていませんでした。そしてカクテルの味しか評価していませんでした。どんな世界にも舞台裏はありますよね。それを見ることが出来てちょっと嬉しいです｣
[バーテンダーの場合はカウンターの下では地道なことをしているということでしょうか。いうなれば白鳥の水かきみたいなものです｣
私は再びクレソンをバットから取出し、1本づつ冷水で洗いながら答えた。
「実は私、この店に来たのは取材なんですよ。雑誌の記者をしていまして、今回初めて特集記事を任されることになったんです」
「それはおめでとうございます。ところでどんなテーマなのですか？」
「隠れ家のような店の隠れ家のような色」
「難しいコンセプトですが、答えは見つかりましたか？」
「はい、おかげさまで」
彼女は私の前で初めて満面の笑顔を見せた。
1か月後、彼女が書いた記事の掲載されている雑誌を本屋で見つけた。その書き出しにはこう書いてあった。
「店の色はカウンターの下で作られる。どれだけこだわりを持って客に接するかが店の色｣
彼女の笑顔を思い浮かべながら、私は雑誌を持ってレジへと向かった。
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