Bloody's Tea Room
Team SPIRITS Web Master 「Bloody]の趣味の世界へようこそ

2018/02/18 15:32更新 

当ホームページは[Bloody]の完全なる自己満足の世界で成り立っております。
読者の皆さんも喫茶店感覚でお楽しみください

 

〜Story2〜

Timing

女性客が来ると店が華やかな雰囲気になるものだ。いつもは男性一人客が多いこの店も、たまにはカップルや女性客が来ることもある。女性がいると店内がちょっとだけ明るくなるように感じるのは気のせいか?

その2人連れの女性客は夜も更けた23時ごろに来店した。この時間にやってくる女性客は大抵1人が多いので、私は珍しいなと思いながら「いらっしゃいませ」と声をかけた。
「お久しぶり」
1人の女性が私に向かって笑いかけた。私は彼女を見て驚いた。
「お久しぶりです!」
その女性はかつて私が勤務していたレストランバーの常連客。数多い常連客の中でもずば抜けた美貌の持ち主で、従業員からも他の常連客からも常に注目される存在だった人だ。会うのは5年ぶりくらいだろうか?5年経った今でも彼女の美貌は変わらず、私は気持ちの高揚を抑えきれなかった。
「最近はあまり飲み歩かないのですか?なかなかこの店にも足を運んでもらえませんでしたが」
「うん。やっぱりそうそう家を空けるわけにもいかないしね。でも、これを見て久々にお会いしたいなと思っちゃった。」
彼女はそう言って雑誌を見せた。この店を題材にした「隠れ家」というタイトルの雑誌だ。
「これ、絶対にこの店だと思った。だってクレソンを中性洗剤につけているところ見たことあるし」
彼女は無邪気に笑った。ちょっと酒が入って饒舌になっているようだ。
彼女が結婚したのは7年ほど前のことになる。私も含めて彼女を知る男性陣の落胆の声を多数聞いたことを思い出した。
「こちらはご友人ですか?」
「そう。今の職場で一緒の仕事をしている子なの。今日は会社の飲み会帰り。たまには夜更かししてもいいかなと思って!もう3軒目だから今日は強くないカクテルをお願い」
ちょっとハスキーで耳をくすぐる声も以前と全く変わらなかった。連れの女性もオーダーは任せてくれるらしい。私は2つのカクテルを用意した。
「こちらはアンゴスチュラビターを入れたビターなジントニックです。そしてこちらがオールド・パル。ライウィスキーベースでカンパリとドライヴェルモットが入ったものです」
オールド・パルとは「古い仲間」という意味を持つ。もちろんオールド・パルはケイへと差し出した。彼女がこの意味を知っているかどうかはわからないが、小さく「ありがとう」とつぶやいてグラスを掲げた。

1時間ほど経過し、連れの女性がトイレに立ったのを機会に、私は彼女に話しかけた。
「今だから言えることなんですけどね。」
私はちょっと照れくさくなってグラスを手に取って磨きながら続けた。
「実は昔、あなたのことが好きでした。でもバーテンダーと客という立場上、軽々しく声をかけるわけにはゆかない。お店の中でもみんなのあこがれの人ですからね。そして私は仕事の中に恋愛感情を入れるべきではないという主義で、あえて自分の気持ちを封印しました。でも、あの時勇気を持って気持ちを告げていたらどうなっていたんだろうと今になって思います」
彼女はちょっとビックリした顔をして私を見つめていたが、やがて目元から口元にかけて笑いが広がった。
「なんだ!私だけじゃなかったんだ」
そういう彼女の笑顔はいたずらっ子のように上目づかいに変わっていた。
「もしかして?」
私も自然と口元が緩むのを感じながら彼女の言葉を待った。
「そう、私もあなたのことが好きでしたよ。でもモテそうだし、彼女いるんじゃないかといつも思っていて声をかける機会を逃してしまったの」
「じゃあ、お互いに自分の気持ちに素直じゃなかったってことですね」
「まさにそうね。妙にタイミングが合わないっていうか・・・」
「相思相愛なのに身動き取れないっていうか・・・」
そこにちょうど彼女の連れの女性が戻ってきた。
「ん?何の話をしていたの?」
私と彼女は顔を見合わせて噴き出した。
「こういうことなのかな〜」
と彼女は笑った。
日付が変わって終電もなくなり、店内には彼女たち2人しか客はいなくなった。明るく話す彼女たちの会話に耳を傾けながら、私は黙々とグラスを磨いていた。
「そろそろ帰らなきゃ」
連れの女性がそうつぶやくのを耳にした私はタクシーの手配について尋ねた。二人とも変える方向が全く逆。つまりタクシーは2台呼ばなければならない。タクシー会社に連絡すると、1台は5分で行けるがもう1台は1時間ほどかかるという。
「どうします?1台に回ってもらいますか?」
「いいわ、彼女に先に乗ってもらって、私は1時間待つから」
すぐに1台のタクシーが到着し、連れの女性がカウンターから消えた。店内には私と彼女だけ。JAZZの調べがいつもより大きく聞こえるのは気のせいか?私はオーディオアンプへと歩み寄り、少しだけボリュームを下げた。
「知り合って15年くらいになるけど、二人きりになるのは初めてね」
彼女の声はいつもよりハスキーに聞こえた。
「1時間、じっくりお話しできますね」
「私の声が聞き取りやすいようにボリュームを絞ったの?」
「なんとなく。二人だけだと妙に音楽が大きく聞こえませんか?」
「誰も他に聞いている人がいないから、大声で話してもいいのにね」
「なんなら音楽を消してしまいましょう」
私はアンプの電源を切り、店の中は静寂に包まれた。そして私はもう一つのスイッチも切った。店の看板の明かりが消えたはずだ。
「二人きり・・・ね」
その時、「カラン」という音と共に「お待たせしました」と声が響き渡った。店のドアにはタクシードライバーが帽子を取って頭を下げていた。私と彼女は思わず顔を見合わせた。二人ともまさに狐につままれたような顔をしていた。余りにもその表情がおかしくて、二人は同時に噴き出した。
「すぐに行くから待っていてください」
彼女はタクシードライバーにそう告げると、私に向かってこう言った。
「やはり私たちはタイミングが合わないみたいね。そういう運命なのかな?」
私は黙って首をすくめた。そしてカウンターを出てドアに向かい、彼女のためにドアを開けた。彼女はすっと立ち上がると、私に向かって静かに歩み寄り
「次のタイミングまでお預けね」
とささやき、ドアを出て行った。一度も振り返らずに。その時私も彼女も悟っていた。「次はないのだ」と。

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